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「ただいま」
冷たい空気から暖かい空気へ。
奥のリビングから出てきた彼は、可愛らしいエプロン姿をご披露してくれた。
「おかえり。遅かったな」
「うん。志貴先輩とはるるんと話してたから」
ローファーを脱いで、スリッパに足を滑らせる。
スカーレット・スフィーヌ・ノア・ブリュッセルを首から抜くと、何とも言えない寒さが首を包んで、思わず顔をしかめた。
「早くリビングに行くぞ。ここ、寒いだろ」
あたしの様子で推論したのか、優季はリビングへと急がせる。
彼は踵を返して、リビングへと歩(ほ)を進めた。
彼の背中は大きくて、優しくて。
あたしはその背中についていく。
いつの間にこんな一丁前な男になったのだろうか。
彼の腰回りにエプロンの紐が通っていて、その2本の紐は綺麗な蝶々結びをされている。
少し前までは、リボン結びが下手くそでいつも歪んでて、あたしがやっていたのに。
あぁ幼馴染みって不便。
些細なことには気付けるけど、積みかねていく相手の努力が分からない。
毎日相手を見すぎて、毎日のミクロン単位の変化に気付かない。
だんだん変わっていく彼に気付かない。
ほら。証拠に、あたしは彼の蝶々結びの上達度に気付かなかった。
先を歩く彼が扉を開けて、彼に続いてリビングに入った。
目に入ったのは、彼の作ってくれたご馳走達。
彼の優しさが嬉しくて、思わず目尻を垂らした。