「おい待てって言ってんだろ」


逃げても逃げても、距離は縮まる一方で。


グイッと後ろから腕を引かれ、よろめいた。


背中から伝わる彼の熱は、暖かい。


「…………おい」


耳元で聞こえる志貴先輩の声。


はるるんよりも優季よりも低い声は、今日も絶賛不機嫌中。


「先輩、何してるんですか。後輩にセクハラですか?」


挑発するように言えば、彼はまた舌打ちをして、体を離した。


志貴先輩は単純だ。


はるるんみたいに何だかんだで理由をこじつけてこない。


「お前、なんで俺らから逃げたんだよ」


「そりゃフラれたんだから。美沙ちゃんハートはガラスのハートなんですよー。もう傷だらけで傷だらけで。ボンドで直してたんですよ」


彼の視線が下を向いた。



罪悪感を感じてるのだろうか。


本当は、彼じゃなくてあたしが罪悪感を感じなくてはいけないのに。


「あたし、志貴先輩を諦めますから。だから、ほっといてください」


ついでにはるるんも連れてってください。


お宅のお子さん、ストーカー発言しちゃったりして、あたしにいっぱい迷惑かけてくるんですよ。


もう困ったクンなんですよ。


「………どうしたら、お前は逃げなくなるんだ?」


「……………どうしたら、って………」


反応に困る。


そんな質問、志貴先輩にされるとも思ってなかったんだけど。


「……………さぁ?」


「あ?ふざけてんのかお前」


「ふざけてません!ふざけてません!」


喧嘩っ早いです!短気!


風があたしと彼の間に吹いた。


まるで、あたしと彼の間にある境界線を強調するかのようで。


無性に泣きたくなる。


「だって、あたしだって分かりません。でも、あたしは先輩達とは一緒にいたくない」


もうさくらさんのお願いは叶えられないって分かったんだから。


あたしなんかが彼らに近づいて、さくらさんネタをぶり返さたりなんかしたら、本末転倒だ。


次の恋へレッツゴーどころか、センチメタルな恋をしていて、次の機会が出来なくなっちゃう。


これこそ、一番恐れている事態。