そろりとあげられたスーツ男性の顔を改めて見ると、登場が荒々しかった割に線が細く優しい顔立ち。

こちらの表情を確認している様子だったので、視線を合わせて笑顔を作ると、もう一度深く頭を下げ感謝の言葉を述べてくる。

確かにわけもわからず『天使を見せて欲しい』と詰め寄られたら変質者に思われる可能性もある。

実際、みんながいなければ交番か110番に助けを求めるところだ。

しかし、スーツの男性の発言と今の様子を見る限り、こういうことが初めてではなさそうだ。

老人ホームでは認知症の利用者さんの対応もしているので、人の世話をすることや見守ることの大変さには人より理解があると思う。

論理的に説明がつく行動をする人がすべてではない。

「佳苗がいいならいいけど・・・ま、人の世話って大変だもんね。お兄ちゃんも苦労してるってことで、気をつけなよ」

直美は口を尖らせたまま集まってきた店員さんや野次馬のお客さんを散らして、事態が収束していくことに私も胸をなでおろす。

血気盛んで勇敢なところは私にはないが、直美も同じ職場で働いている人間だ。

「ところで、職業病って、このおっさん何者よ?」

「直美、失礼よ」

ぞんざいな口調を改めない直美を真帆がたしなめるが、直美には響いた様子もなく頬杖をついてスーツの男を見やる。

「申し送れました。こちら、倉持大河先生。僕のギャラリーで個展を開いてもらっています。僕はこういうものです」

スーツから名刺入れを取り出し、スーツの男性は私たちに名刺を配る。

紹介されたつなぎ男は自己紹介する気は全くないようで、手にしたネックレスを真剣に眺めている。

『Gallery Sakaki オーナー坂木真理』と書かれてあるシンプルだがおしゃれな名刺に目を落としていると、口頭でも自己紹介をしてくれる。

「ギャラリーオーナーの坂木真理(さかきしんり)です。この度は、先生の監督不行き届きがありましたことを心より謝罪申し上げます」

坂木さん本人に目を向けると、右手を胸に当てながら頭を下げる坂木さんの優雅な所作に見惚れる。

見た目だけならつなぎのおじさんよりはずいぶん若く見え、私たちと大して年齢が変わらないように見える。