直美が凛々しく男を追い払おうとするが、直美を押しのけて男が最後の砦を突破した瞬間、何をされるかわからない恐怖に真帆の胸に顔を伏せる。

しかし、どんっと重い音がしてそろり顔を上げると、つなぎの男は私の足元に膝をついて目を輝かせている。

「持ってる天使、見して」

いきなり人を捕まえて天使発言をするような変わった人だけれど、子どものように無邪気な笑顔を見せる男性の発言に全員が首をかしげる。

どうも私自身は天使でないようだ。

むしろ、天使と言われた時点で自分のことだと錯覚した自分が恥ずかしくなる。

直美も思わぬ行動に、男性のつなぎを掴んで引っ張ろうとしていた手を止めている。

「て、天使って何のことですか?」

恐る恐る強張った舌を動かして男性に問いかける。

「佳苗、甘い顔しない。こういうのはガツンと言わないと。おっさん、勝手に近づくな」

直美がピシャリと厳しく言い放ち、改めて男性を引き離そうとしてくれる。

真帆が直美に手を離すように促すと、直美に引っ張られて重心が後ろになっていたつなぎのおじさんも体制を立て直し、私の足元に正座をして手を差し出す。

いつでも頭を叩く姿勢で直美がメニューを握って臨戦態勢なのを真帆が直美の名前を呼んで押しとどめる。

後ろに座る直美のとがった空気を全く気にも留めず、男は自身の胸元を指差し、私にもう一度手を伸ばす。

「それ」

自分の胸元を見下ろすと、妹に作ってもらった手作りのネックレスが下がっている。

皮を透明に加工し虹色に着色したネックレスのペンダントトップは確かに珍しい物だが、趣味で作っている妹の手作りだし、毛糸玉みたいだと思ったことはあるが、どう見ても天使には見えない。

「ネックレスが、見たいんですか?」

ようやく男性が言う『天使』を差すものに行き当たり、真帆から離れてつなぎの男性に向き直る。

いきなり腕を掴まれたらから怖かったが、男性が望むものがわかれば、恐怖心も薄れていく。

手を伸ばして待っている姿は、大人しい忠犬のよう。

「うん。見して」

私の問いにニコニコしたまま男は素直に頷き、直美はゆっくりメニューは机に戻したが、警戒心を前面に出しおじさんに向けた険しい顔をやめない。

「そんなこと言って、取って逃げるつもりじゃないでしょうね。得体の知れないおっさんなのは変わんないんだからね」

両手を掲げて待っているつなぎのおじさんは、くしゃくしゃの髪の下ににこにこと笑顔を絶やさず、悪い人に思えない。

希望通りネックレスをはずそうと手をあげたところで「倉持先生!」と叫ぶ細身のスーツを来た男性が乱入してきていきなりおじさんにヘッドロックをかけて引き倒す。