知恵は、慌てて浴室の洗面台に駆け込んだ。

大輔が心配して浴室に入ってきた。

「おい、大丈夫か?」
大輔が、知恵の背中をさすりながら言った。

「大丈夫。ありがとう」
「何か、へんな物でも食べたのか?」

「うん。たぶん・・・」
知恵は答えられなかった。

本当はつわりだと言いたいのだが、大輔に気付いて欲しい気持ちが強かった。

「今の時期、食中毒なんか流行っているから気をつけないと」

大輔の言葉に知恵の心は、食中毒なんかじゃないのよと言いたかった。だが、今の大輔には仕事のことがいっぱいで、妻が妊娠していることに気付く余裕などないんだと思った。

この鈍感男と心の中で叫んだ。

「俺、今から会社に行ってくる」
「今日は、お休みじゃないの?」

「今日、高島さんが出勤しているんだ。できるだけ最後の日まで、一緒に仕事をしたいと思ってる」
「・・・」

「知恵も仕事だろう?」
「うん。今日は結婚式が二件あるから、夜は八時ぐらいまで仕事かな」

「夕食は外ですませるから、準備しなくていいから」
「わかった」

「それから、あまりへんなもの食うなよ」
大輔は、知恵の体調を気にして忠告するように言った。