「工場のほうの手違いがあっただけで」

「なぁ、松井・・・俺は学生の頃、車の事故で父親を亡くした。それから、安全で故障のない車を作りたくて、エンジニアになったんだ」
「・・・」

「それに、自分が設計した車を走らせてみたいという思いもあった。プロジェクトの責任者になった時は、本当に嬉しかったよ」

「自分もです」
大輔もうなずいて言った。

「でも、そのプロジェクトを進めるにあたって、かなり上のものとも相反することで進めてきた。でも、俺はそうしなきゃ、いいものは作れないと思ってやってきた」
「・・・」

「でも、俺は少し後悔している。どうして、何度も富士見の工場に出向いて、自分達が作った車のチェックができなかったんだろうって・・・」
「・・・」

「そうしていたら、今回のリーコルも起こることはなかったと思う。事故を起こした方にも申し訳なく思ってるよ」
「・・・」
 
「それで・・・」
高島が歯切れの悪い口調なって、再び、
「それで、今回のことで会社にかなりの損失を出したことは事実だ。誰かが責任をとらなきゃならない」

「せ、責任って、まさか・・・」
大輔が驚く様子で言った。

「三日前、会社に辞表を出してきた」
「た、高島さん!」

大輔が手にしている煙草の灰が、静かに床におちた。

「おまえだけには、辞めることを言っておきたかったんだ」

大輔は、高島のことを上司というより兄のような存在であり、同じエンジニアとして尊敬している仲間である。

そして、誰よりも人一倍仕事に情熱と誇りを持っている。

そんな高島であるから、責任感を持って辞めることもわかる気がした。

たとえ、大輔が辞めることを引き止めても、聞きいれる男ではないことはわかっていた。

再び、大輔の煙草の灰が床におちた。