「杏に、着物を用意させます。町娘に見える着物です。それを着て城下に行きなさい」
「外に行ってもいいの?」
「ええ。ですが、日が暮れる前には戻るのです。そして、そのことは決して父上には話してはなりませんよ」
思ってもみなかった話に、千代の心は躍り出す。
一度も出たことのなかった外に出られる。
それは、どんな贈り物よりも嬉しいことだった。
いつもこの窓から見下ろしていただけの城下。
輝かしいその場所に行ける。
「ありがとう、母上!」
「あなたが、世の中を知るために必要だと思うからです。決して、危険な場所には近づいてはなりませんよ」
「危険な場所?」
千代の頭の中には、この間杏が言っていたことがよぎる。
森にいる化け物。
危険というのはその森の事だろう。
そう思い、深く頷いた。
「では、急いで支度をなさい」
「はい!」
沙代と入れ替わりに杏がやってきて着物を手渡す。
千代は急いでその着物へと着替えたのだった。