結局放課後、礼太は家庭科準備室へ続く廊下を一人でとぼとぼ歩いていた。


(だって……)


希皿の忠告を破ろうとしていることに一抹の罪悪感を覚えずにはいられなかったが、せっかく声をかけてくれたのに、行かないと言うのは気が引けた。


……それに、なんだかんだ言ったところで、新たな生活における平穏にむざむざ背を向けることはできなかった。


(こんなところだったっけ)


礼太にとって、朝川中学校は、忘れがたい恐怖を体験した場所だった。


『……奥乃』


愛らしい童子の声が聞こえた気がして、礼太は身を震わせた。


外で蝉が鳴いている。


グラウンドでは野球部とサッカー部が汗を流していた。


下校中の生徒の笑い声がさざ波となって礼太の胸を揺らした。


あの子供はもういない。


小さくてかわいい、ぷっくりとした手をしていたあの子供。


僕が殺した……?


違う。あれは奥乃が殺したのだ。


奥乃姫。礼太の中に巣喰うあやかし。


みんな、奥乃姫が悪いのだ。


得体も知れぬ化け物のために、自分の人生が、自分の大切な人々が脅かされている。


それは、形容しがたい恐怖だった。


礼太はふいに立ち止まり、小さく息を吐いた。


大丈夫。いざとなったら廉姫が助けてくれる。


そのために華女さんは、なんの役にも立たない僕を奥乃家の当主にしたんじゃないか。


礼太は家庭科準備室の古びた扉の前に立ち、ふっと笑った。


がらがらと景気の悪い音を立てて扉が開く。


礼太を待ち受けていた三人組が、薄暗い部屋の中でにぃっと笑った。


「ようこそ、奥乃礼太くん」


蔵峰リリィが、ぎゅっと礼太の手を握った。