―ほんとに最低だ…

ますます目を固く瞑った。真っ暗な闇の中で、英太がこっちを見て笑っている。いつもと変わらない笑顔で。いつもと変わらないのに。


英太。
英太…
涙が一粒だけ、ころりと零れ出て来た。



英太と別れたのはたった3時間ほど前。フラれたわけじゃない。私から縁を切ったんだ、あんな奴。暗い瞼を横切る英太の影に、無駄な啖呵を切ってみる。

早い話が、英太は浮気をしていたのだった。

今まで一度も、彼のケータイを見たことなどなかったのに。あの日は、本当に魔が差したのだとしか言えない。



―ケータイなんか見なければよかった。そしたら、もしかして、まだ…

そこまで考えて、菜摘はぶるんと頭を振った。

あのまま付き合っていていいわけないんだ。

あんな浮気野郎なんかに未練はない。

私から別れてやったんだ。


カフェラテの水溜まりを睨み付けながら、自分に宣言する。

しかし、その水の表に浮かび上がりまた消えていくのは、さっきまで目の前にいた英太の、泣きそうで拗ねたような顔だったり、子供みたいな笑顔なのだった。