顔をあげた彼女の瞳は、微かに濡れているように見えた



「……え?」


「おれも、さっきまでこの世界にはひとつも楽しいことなんてないと思ってたよ。キミのこと見つける三秒前までは」


「……楽しいの? わたしなんかと一緒にいて」


「楽しいよ。……きっと、三秒前まで見ていた世界と、今見ている世界が違うのは当たり前のことだよ。
キミの三秒前の世界とおれの三秒前の世界が違うのも、当たり前だろ?」



ずっと震えていた白い手が、おれの手を握り返してきた


彼女になにがあったか、おれにはわからないし、彼女もおれが今までどんな想いで過ごしてきたのかしらない


だけど、やっぱりおれと彼女は、似ている気がした。



「――ねえ、わたしとあなただけ、二人だけの世界、行ってみたくない?」



すっかり笑顔になった彼女がおれにそう言った。



「うん、行ってみたい」



思い付いたように二人でフェンスを飛び越して、扉へ駆け出した。


どこに行くかは決まっていない。


でも、走る。




もっと、もっと遠くまで


誰もいない世界へ、

二人なら行ける気がした





(――つまらない世界の終わりは、見えた)



「そういえば、あなたの名前は?」


「キミから先に教えてよ」




fin.