「…そこの部屋で。」

あらかじめ開けておいた、広めの一室の扉を開けてそう言う。

「分かりましたー。」

その返事を合図にどんどん荷物が運び込まれていく。

その様子を見ながらチラリと俺の隣に黙って立っている、女を見る。



俺は指示を出しているチーフみたいな人に
「リビングにいるんで、終わったら知らせて下さい。」
と言った。

相手が、わかりました、と言うのを確認してから隣に立つ女の手を掴んでリビングに向かう。

女は最初少し抵抗したが、その後はすんなり俺について来た。

リビングに入った後、この部屋で一番大きなテーブルに着くように並べられている椅子に腰掛け、女にも俺の向かい側に座るよう促す。

女は無言でそれに従った。

俺はテーブルの上に置いてあったあらかじめ役所から取ってきておいた書類とペンをその女の前へと滑らした。

「記入して。」

俺がそう言うと、女は黙って書類にペンを走らせた。

「キッチンだけど。」

その言葉に女は少し体を揺らした。

「あんまり使ってないから、君が使いやすいように勝手に物を動かしたり買い足してくれて構わない。このカードで必要な分だけ金は下ろせば良い。」

そこで、ようやく女が話す。

「…ありがとうございます。」

「あと、君高校二年生でしょ。大学や専門学校にも行きたかったら、我慢する必要は無い。遠慮もしなくて良い。俺に聞く必要も無いからね。」

「…はい。」

女は書き終わったのか、下を向いたまま俺の方に書類を滑らせる。

その書類には丁寧な字で、桜井瑞紀《さくらいみずき》、と書かれていた。

「…瑞紀、ね。」

俺の言葉に、女は少しビクッとした。

そんな女を一瞥しながら書類にペンを走らせる。

「何。夫婦なのに名前で呼ばないって変でしょ。ましてや、君学生だから、周りに政略結婚だと思われたく無いしね。あくまで仲の良い夫婦、だから。」

俺がそう言うと女は、そうですね、と言った。