「ぁああ、あの!」

わたしが声を上ずらせると、ポケットに手を突っ込んだまま、わたしの方に首だけ振り返る。

その綺麗な顔を見ていると、やっぱり…なんにも言えなくなるわけだけど……。

意を決して、わたしの口から絞り出されたのは…。

「ああああ、ありがとうございますっ!」

とってもフォーマルな、一言だった…。

自然に深くお辞儀をしてしまっていたので、バッと頭を上げると、彼がふっと微笑んで、


「いいえ。」

とだけ言って、また歩みを続けた。


わたしは小さくなってゆく彼の後ろ姿を、黙って見ていた。

それこそ、見えなくなるまで。