「っ!」


背中で誰かとぶつかった。

ぐにゃり、と傾く視界。
完全にボーッとしてた私は、そのまま電車の通路へよろける。


落ちる……!


そう思った刹那、グイッと物凄い力で後ろに引っ張られた。
あと一歩で落ちる所で、何とか踏みとどまる。

それと同時、ふわっと優しい香りが私を包んだ。
背中には、何かが密着した暖かさ。


「危ねー……っ」


首筋にかかる息。
体を支える力強い腕。


「先輩、大丈夫ですか!?」


振り向けば、木下君の焦った顔。


わあ、昨日はよく見なかったけど、本当に顔整ってるんだな……
目とかぱっちりしてるし。鼻筋も通ってて綺麗だし唇もなんだか色っぽい……


……って、

え、待って、この状況ってもしかして。


「ひぇえええっ!?」


思わず出る情けない声。

だっ、だっ、抱きしめられてる!?

口をパクパクと金魚のように開閉する私を見て、木下君が心配そうに顔を近づけてくる。


「あああ!もう大丈夫だよどうもありがとう!」


わざわざ心配してくれてる木下君をよそに、その硬い体を押し返す。

木下君は優しさで助けてくれたって事はよくわかる。
それを無愛想にあしらって、我ながらひどいなって罪悪感も感じる。

でも……今はこんな真っ赤でみっともない顔、木下君に見られたくなかった。



榎木彩世16歳、朝からてんやわんやです。