「うっ……わぁ……!! 海だー!!」
「そんなに喜ぶようなことか?」
「えー! だって私海ってあまり見たことないもん!」


 車を走らせて数時間。車の窓から見えたのは一面に広がる青。まさかこんなにはしゃぐと思わなかったから、ちょっとラッキー。


「降りる?」
「え? ……あー」


 ひとしきり考えた後、美由は首を横に振る。お、なんか意外だった。これだけ喜んでるんだからてっきり降りたいのかと思ったけど違ったらしい。


「今日は海が目的ってわけじゃないし」
「んー? ちょっとぐらいは別にいいだろ」
「いいんだってば! 海見てるよりも智也の横顔見てる方が面白いよ?」
「え、照れる……」
「なんで照れんの!? せめて『格好良い』って言われて照れてよ!」
「それが言えないから『面白い』って言っちゃうお前の言葉に照れねー理由がある?」
「――――うー!? あー! そういうこと言うー!?」
「言っちゃった」


 唸り始める美由に笑い、じゃあ海はいいかと通り過ぎる。ちらりと横目で見てみると、顔を真っ赤にさせて右頬に頬に左手の甲を添える姿があって、思わずまた笑ってしまった。


◆ ◆ ◆


 ――海を通り、山道を登り、川を横切り。知らない道をただひたすらに車で走る。なんか、新鮮だよなぁ、こういうの。ドライブ自体も新鮮だけど、多分横に美由がいるからっていうのが大きいのかもしれない。そわそわして落ち着かねーっつーかなんつーか。

でもさすがにそれを悟られるのも恥ずかしいし、こいつの前では出来るだけ紳士でありたいし。とりあえず我慢。

 美由はといえば、見たことのない景色にきょろきょろと視線を彷徨わせている。小高い丘の上を走ってるから町が小さく見えて、どうやらそれが面白いらしい。


「……なんか、ほんとに遠くに来たって感じだなぁ。ちゃんと帰れんのー?」
「ナビがある!」
「あ、うん、はい。そうだったね」


 正直、海以降は適当に車を走らせていた。行きたいところは一つあるけど、時間はまだある。それまでだったら、二人でいられればどこに行ったって別に構わねーかなーとも思ったし、それに、俺だけが知っていて美由が知らない道なんて、ちょっと不公平な気もしたしな。


「……ふふ」


 不意に聞こえる声。一瞬だけ横を見ると、口元の緩んでいる美由と目が合ったけど、すぐに首を動かして前方を見る。


「どうした?」
「やー、なんか楽しいなーと思って」
「おお、なら良かった」
「…………やっぱりさ」
「うん?」
「……うー……。……運転してる横顔、格好良い」
「――――」


 ……もう一回横を見たい。というより、美由の顔が見たい。だけどさすがに脇見はまずいよな。なんで運転してる時にそういうこと言っちゃうの。せめて信号に止まってからとかさぁ、なんかしら……あ、コンビニ。


「……え?」


 驚いた美由の声も聞かないまま、俺はコンビニの駐車場に入ると車を停め、シートベルトを外して彼女を見つめる。

驚いたようにこっちを見る美由は、自分の発言が原因だと気付いたのか、赤かった顔を更に赤くさせた。


「と、ともや? え、や、あの」
「もう一回言って? 俺と目合わせて」
「あ、ううう」
「さっきも言えたんだから、言えるよな?」
「や、う、あの、あのあの」


 自分の右腕を左手で握り締めて、視線を彷徨わせている美由。可愛い。……けど、もう少し攻めてみようか。


「なんて言ってくれたっけ? さっき。運転してる横顔……?」
「うー……!! わかってて、言わせようとしないでよー!!」
「俺ばかだからわかんねーんだ。なぁ、運転してる横顔が、なんだって?」
「…………っ格好良いって、言ったぁ!!」
「……っふ、ふはっ、ははははっ!」


 もう泣くんじゃねーかってくらい顔を真っ赤にさせてこっちを睨んで来る美由の頭をわしゃわしゃと撫で回す。

制止の声なんか聞こえない。腕を止めようと伸びて来る手もお構いなし。嬉しいからしょうがねーんだ。