「はぁはぁ…はぁ、やっとできた!!」
小さめの脚立を倉庫から持ってきて再度右端から塗り直した私の一仕事が完成したのは7時だった。下校最終時刻。私が塗ってる間バスケ部やらテニス部やらの皆は既に用具を体育倉庫に全て閉まったらしい。
既に日が落ちかけていて、真っ白なはずの壁が夕焼けで赤く染まっている。
取り敢えずぱっと見た限りは、隙間なく塗れてるような気がする。
「よーし、帰ろう!」
先生に道具を返した後、塗ってる最中は集中して意識しなかった空腹感が急に押し寄せる。
教室にカバンを取りに行くとこんな時間なのに まだ誰かいる気配がした。

ガラッと教室の引戸を開けると、夕焼けが移る窓ガラスに向かって、肩口で切り揃えた黒髪の女子が一人佇んでいた。
そして、音に反応したのかこちらを振り返る。
「あ、三島さん」
「あ、緑川さんか。奉仕の私以外までこんな時間にいると思わなかったよ」
私が自分の机に移動する一方彼女はまた窓を向いた。
端正な横顔が夕焼けに美しく照らされている。
緑川さんは出席番号が私のすぐ後のわりには、プリントを前後に渡す時しか話したことはなかった。高校一年の5月といえば新しい友達がそろそろなんとなくできる頃だけれど、私は前の席の少しふくよかで人懐っこい性格の浜野まつりと仲良くなって、後ろの凛とした少々近寄りがたい真面目そうな美女――緑川恭子とはそこまで話したことがなかった。緑川さんは緑川さんで、クラス委員に立候補した真面目で元気そうな眼鏡の似合うショートカットの女子――田嶋美佳と中学から友達のようで最初から仲が良く、特に他の大きなグループにも属してなかった。
「ちょっと図書館で本を読んでたらこんな時間になっちゃって。ところで、体育倉庫のペンキ塗りどうだった?大変だったでしょ」
「あーうん、大変だったよー! もう塗りかたよくわかんなくてムラが最初凄くって、何度も塗り直してやたら時間かかっちゃった 腕の上下運動しすぎで、もう腕上がらないよー!」
いつもはちょっと話しにくいかもと気後れして積極的に話したことがなかったし、話しかけられもしなかった彼女から話を振られたのに少し驚きつつも、疲れでハイテンションになった私は意外にすらすらと反応できた。
彼女は少しほっとしたような微笑を浮かべたように見えた。
「それは大変だったね。なんかこんな普通に喋ったの私達はじめてじゃない?席近いのに」