ずっと前の記憶。

何年も前の、それこそ幼稚園の時とか
そのくらい。

鉄棒で遊ぶのが好きだった私は、お遊びの時間は鉄棒と一緒に居た。

ある日、鉄棒の上に座って後ろに一回転する「地獄まわり」というものをやっていた。
(前に一回転は天国まわりだ)

いつもとは違った風景になり、地面に落ちた。

痛かったのかな、あまり覚えていない。
ただ、さっき窓から手を振ってくれた先生よりも早く「彼」が来た。

「彼」は、私よりも小さく、弱いはずなのにお姫様だっこをして保健室へと連れていってくれた。

幼稚園の時のそのことは一番の思い出だ。

あれから彼とは小学校の4年生くらいまで一緒にいた。

毎日、公園へ行ったり図書館へ行ったり、お互いのお家に行くこともあった。


4年生が終わる頃に、彼は母の実家がある韓国へ戻ることになった。

理由も分からないまま気づいたら彼は居なかった。

当時はすぐに帰ってくるだろうと思っていたから悲しくはなかった。


でも、それから7年が経った今日、
彼が戻ってくるらしい。

小学生の間は何度か電話をしていた。


しかし、中学生になってからはそれなりに忙しいこともあり3年間全く声も聞かず彼がどんな風になったのかも分からない状態だった。


人は皆平等に生きる価値がある。
だから、人は皆平等に心臓の脈を打つ。
今の私はその平等さが足りていないのかもしれない。

人の何倍も何十倍もドキドキしている。

会いたかったのは真実であり、事実だ。

しかし、私の中での彼は私よりも小さく小柄、髪の毛はくせっ毛でくるくる、眉毛が太くてややつり目、猫が好きで優しかった。

こんな印象だった。

7年も経てばもちろん人は変わる。
見た目だけでなく、性格、声、髪型、
何もかもが別人かもしれない。


第一、私を覚えているのか。

さて問題です、私の名前は?
そう問いたとき、「矢吹りほ」という名前が出てくるか。

せめて、下の名前だけでも覚えていてくれたら嬉しいな…なんて。

空港に行くまでのtaxiは考えることが盛りだくさんであっという間に着いてしまった。

私の家族も彼の家族と仲が良く、
家族ぐるみで旅行もした。

ただ空港に迎えに来たのは「私」だけ。


不安になりながら、仕事で来れなかった母のメールの指示に従う。

>>第一ターミナルに10時45分

>>母 ピンクのキャリーケース、
息子 黒のキャリーケース。

たったこれだけで、7年も空白の人を見つけろと言うのだ。

無謀にも程があるぞ。

空港はただでさえ1日に何万人と、何十万人との人が行き交うというのに…。


すると、「りほちゃん」

何処かで聞いたことのある高く通る声は、7年経った今でも変わらなかった。

「久しぶり〜!元気だった?」


大人の女性になって…と言いながらバシバシと私の腕を叩く。

こういうところは変わらない。


しかし、ここで一つ大きな問題が生じているのだ。


隣に居るのは…誰だ。

まさか、「彼」ではないだろう。

変わりすぎだもんね。うん。