一から会いたいと催促するのは珍しかった。
樹里はいつも一が会いたいと思うより先に会いに来てくれる。
しかし、いつもなら飛んで駆け付けてくれるはずの樹里が、今日は口ごもった。

「先生?何、何か用事でもあんの?」

「ううん……そういうわけじゃなくて……」

「じゃあ何?もしかして面倒?」

いつもとは違う樹里の反応に戸惑う。
今すぐ会いたいのに。

一が黙っていると、しばらくして樹里が言いにくそうに口を開いた。

「私、……お酒入ってるの」

思わず「酒?」と聞き返してしまった。
一応樹里だって大人なのだから酒を飲むことだってあるだろう。
樹里と過ごすようになってから、先生達がしょっ中飲み会を開いていることを初めて知った。

けれど今はまだ真昼間だ。

「一人で飲んでたの?」

「うん。ごめん……」

「そっか」

しかたない。飲酒運転をさせるわけにもいかない。
一は駅の時計を目で確認した。一が帰って樹里に会いに行けばいい。
ただし、近所じゃ誰に見られるかわからないので相当用心しなきゃならないけれど。

一がそう考えていると、受話器の向こうの樹里が「あ、あの、でも。電車で行く」と、唐突に言った。

「え?」

「会いたいから。ハジメくんに」