「仲、良かったから」

「良すぎるくらいだよね」

吐き捨てるように言ってテツはため息をつく。

「樹里の手首の傷が増えていくのを俺がどんな風に思ってたか知ってる?」

キョウダイでこんなに深刻な会話を交わしたことがこれまでにあっただろうか。たぶん、樹里の記憶をたどる限りでは一度もない。

「あんなガキのために樹里はどうしてそこまでボロボロになれるの?理解不能。数年後、ううん、数ヶ月後には他の女に気が移るかもしれない相手ってわかってないわけじゃないよね?」

「……わかってるよ」

「わかってないよ。わかってたらこんなバカな真似ができるわけない」

テツが言うことは正論だった。決して樹里に意地悪をしようとか、子供っぽい嫉妬だとかそういうものではない。けれど、そんな風に割り切って忘れられたらこんなに苦しくなかった。
こんなに好きになることもはじめからなかった。

理屈じゃない。それは樹里が一番身をもって実感していること。

「いいの。傷ついても。馬鹿だって言われても。誰にも相談できなくても。決めたの。ハジメくんが私を必要としているなら、私をまだ求めてくれるなら、私はやめない。っていうかやめられない。やめかたがわからない」

「不幸になるよ」

テツは恐ろしく低い声で言った。

「母ちゃん達とか、学校とか生徒にばれても俺は知らないよ。樹里を助けてあげられないよ」

「うん。いいよ」

テツの眉間に深い皺がよる。

「俺、それでも認めないから」

そう言ってテツは樹里から目を逸らした。
弟に目を逸らされる日がくるなんて、昔の樹里には想像もできなかった。