期待させて突き落とすことほど残酷なことはないのに。

一はいつもいつも、樹里をどん底へ突き落とす。
まるでそれが神から与えられた使命かのように。

思い切ったように一が顔をあげた。
樹里を見据える一は真剣な瞳をしていた。

「聞いて先生。違うんだ」

瞬時に樹里は両手で耳を塞ぐ。

「聞かない!聞きたくない!!」

「俺は別に先生を置いてくわけじゃないんだ。会いに来るよ。たかだか電車で30分の距離だし、先生が俺の所に来てくれたっていい」

必死に説得しようとする一の言葉を振り切るように樹里はいやいや、と首を振った。

ただでさえ不安なのに、一はどうして離れても平気なのかわからない。
いや、わかりたくない。

一にとって所詮自分がその程度の価値しかない女だということを自覚するのが怖かった。

「先生、お願いだからちゃんと最後まで聞いて。俺、すぐに帰って来るから」

「嘘だ。ハジメくん、嘘ばっかりつくもん。信用出来ないよ」

「信用しろよ!」

大きな叫び声と同時にがしっと肩を掴まれた。

今までにない鋭い視線に射止められて樹里は息をすることさえも出来なくなる。

「先生、俺正直今まで本当に逃げてばっかだった。先生の真剣な気持ちからも、自分の本当の気持ちからも。でも、もう逃げんのやめるから」