「先生、起きた?」

にっこり微笑んだ一が樹里の目の前にいる。

アルコールの回った頭で、会いたすぎてとうとう幻覚まで見てしまった、と思った。
だって、一が樹里の部屋にいるわけがないのだ。

幻覚の筈の一に手を伸ばす。樹里の手はしっかりと一に握りしめられた。

「ごめんね先生。家まで来ちゃって。今日中にどうしても先生に言わなきゃなんないことがあって」

声も感触も、幻覚にしてはやけにリアルだった。

「何?」

「あ、その前にコレありがとう」

思い出したようにポケットを探って一が樹里の目の前に出したのは携帯電話だった。
赤い携帯に樹里の送ったストラップがぶら下がっていた。

「よかった。気付いてくれたんだ」

「うん。でさ、親父に携帯せびって買ってもらったからいつでも電話してよ。番号とアドレス教えとく」

差し出されたメモを握り締めて樹里は身を起こした。嬉しいはずなのに何だかとても嫌な予感がして堪らない。

「何でそんな不安そうな顔すんの?」

「……ハジメくん。転校するの?」

お願いだから否定して。

そんな樹里の願いも叶わず、一は俯いた。
掠れた声で「ごめん」と呟く。

「行かないって言ったじゃん!何で!?行かないでよ嘘つき!」

樹里は叫んだ。
一がぐっと口元を引き締める。樹里はその表情で一がもう決めてしまったことを悟った。

樹里は昔から守れない約束をする人間が何より許せなかった。
守れないなら最初から期待なんてさせないで欲しい。