「ねえ、知ってる?B組の片桐さん、自殺らしいよ」
「えー?私は誰かに殺されたって聞いたよ?首を切られてたって」
いつもはそんなに騒がしくない朝の教室。
だけどこの日は違った。
隣のクラスの女の子が、昨夜自宅で死んでいたという話が、クラスでも話題になって騒がれていたのだ。
平凡な高校生活に降って湧いたような、生徒の死亡事件。
人当たりも良く、人気者だった片桐さんが自殺するとは、私も考えていなかった。
昨日の放課後、下校する前にすれ違った時、片桐さんはブツブツと何かを呟いていた。
真っ青な顔をして、まるでこの世の終わりみたいな表情で。
あの時、何て言ってたのか……。
特に仲のいい子じゃなかったから、気にもしていなかったけど、一言だけ覚えてる。
「……気付かれた」
その言葉に、何の意味があるのか分からない。
でも、昨日の夜に死んでしまったのなら、その言葉に大きな意味があったのだろうか。
「菜月、聞いた?片桐さんの話」
友達の咲良が不安そうに尋ねるけど、私は小さく頷いただけだった。
「これってさ……あの話通りになってない?」
「はっ、何バカな事言ってんだよ。あの話ってあれだろ?鏡の中に幽霊がいるってやつ」
登校して来たばかりなのに、私達の話を聞いていたのだろうか。
私の彼氏で、隣の席の京介が軽く私の頭に手を置いて席に座った。
「そうそう、それそれ!何年か前にも同じ事があったらしくてさ、その時は自殺で処理されたみたいなんだけど、片桐さんが自殺なんてすると思う?」
「落ち着けよ雪村。もしかすると、家のゴタゴタがあったかもしれねぇだろ?誰も分からねぇ悩みくらいあるだろ」
京介の言うように、片桐さんにしか分からない悩みがあったのかもしれない。
でも、どうしても私は昨日のあの言葉が頭から離れなかった。
この高校には、有名な怪談話が三つある。
その中の一つに、片桐さんが言った事が関係しているように思えたから。
一つは、「生徒が消える美術準備室」。
一つは、「どこから聞こえる呪いの声」。
そしてもう一つ、「鏡の中にいるナニか」。
なぜ、この三つが有名かと言うと、実際にそれらが起こった事があるから。
その中の一つ、「鏡の中のナニか」。
鏡の中に、自分以外のナニかが映っても、気付いてはいけない。
気付いても、気付いた事を気付かれてはいけないという事に関係しているような気がしたから。
そして、その日の授業は、このクラスには特に何も変わらず進められた。
明日か明後日か、お葬式にはうちのクラスの人も何人か参列するだろう。
時間が進むにつれ、噂話に尾ひれが付いて、話が大きくなって行く。
昼休みになった頃には、この町に殺人鬼が潜んでるとか、何年も前に死んだ生徒の呪いだとか。
普段なら、そんな話はバカバカしい作り話だと思うはずなんだけど……どういうわけか、この日は変な気分と言うか。
何か、奇妙な雰囲気が漂っているようで怖かった。
そんな気分のまま放課後になり、もう下校する時間。
「菜月、帰ろ」
帰り支度を済ませて、咲良が私の肩をポンッと叩く。
「あ、うん」
チラリと京介を見るけれど、大きなあくびをして、私が咲良と帰る事を気にもしていないよう。
付き合い始めた頃は毎日一緒に帰っていたのに、最近は滅多に一緒に帰らない。
「京介、ゲーセン行こうぜ」
「おう、行くか!」
こんな調子で、いつもクラスメイトと遊びに行ってしまう。
京介が教室から出て行くのを見て、私はハァッと溜め息を吐いた。
「帰る前にトイレ行こうか」
昼休みから行ってないから、帰る前に行っておこうと思った。
教室の並びにある、一番近くにあるトイレにいた。
用を足して、手洗い場に戻ると、今度は咲良が入れ代わりに。
「ところでさ、菜月は紫藤君とどこまでいってんの?もうエッチしちゃった?」
個室の中から、サラリととんでもない質問をする咲良。
「ま、まだだけど……まあ、キスくらいはしたかなー?」
私も何を言ってるんだか。
鏡に映る自分の前髪に触り、髪型を整える。
「それより咲良はどうなのよ?彼氏は……」
と、そこまで言った時だった。
「……私を見て」
低く、唸るような声が、私の耳に届いたのだ。
「え?咲良?何か言った?」
空耳だったのか、それとも咲良が言ったのかは分からないけど、やけに耳に残る声だ。
「何も言ってないけど?ちょっと待ってて、今出るから」
トイレの水を流す音が聞こえて、咲良が個室から出て来た。
やっぱり……空耳なのかなと、鏡を見た私は……視界の中に映る、そこにはいるはずのないものに気付いてしまった。
私と咲良以外には誰もいないトイレ。
なのに、鏡の中の端っこに……見た事もない女子生徒が映り込んでいたのだ。
え……?
な、何?
私の後ろには誰もいなかった……はずなのに、どうしてそこに人が映ってるの?
ビクンッと身体を震わせて、振り返ろうとするけど……嫌な予感がして振り返れない。
一体これが誰なのか、よく見てみたい。
だけど……もしもこれが怪談話のナニかだったら……気付いた事に気付かれてはならない。
そうは思うものの、視界に映る女子生徒が気になって、ダメだと分かっていても目がそちらを向いてしまう。
大丈夫……あの怪談話が本当だとしたら、気付いた事に気付かれなければ問題ないはず。
ゆっくりと、気付かれないようにそちらに目を向けると……。
鏡の中の女子生徒は、ニタリと笑みを浮かべて私を凝視していたのだ。
「ひ、ひやっ!!」
まずい!気付かれた!
もしかして、片桐さんはこれに気付かれたの!?
そんな考えが頭をよぎり、慌てて振り返ると……。
「……ごめんなさい。手を洗いたいんだけど」
良く見ると、それはA組の影宮さん。
大人しくて、普段姿を見ないから、正面から顔を見た事がなくて誰だか分からなかっただけだった。
「か、影宮さん……もう、ビックリさせないでよ!」
影宮さんが悪いわけじゃないんだけど、いつの間にか背後にいるんだもん。
片桐さんの事件があった後だから、あの呟いていた言葉と怪談話が相まって、本当にナニかがいたのかと思ったじゃない。
「驚いたのはあなたの勝手でしょ。桐山さんはどうして私に驚いたの?」
目を隠すほどの前髪の間から、ジッと私を見て不気味な笑みを浮かべる。
どうしてって……影宮さんがそんな表情で立ってたら怖いよ。
などとは言えず、私はハハッと作り笑いをして、影宮さんに場所を譲る為に一歩横に移動した。
「何やってんだか。早く帰ろうよ」
そう言い、影宮さんより早く手洗い場の前を咲良が陣取ったのだ。
「雪村さん、次は私が……」
「早い者勝ち早い者勝ち!そんなに睨まないでよ。すぐに代わるからさ。あれ?そっちの子、影宮さんの友達?」
手を洗い、ハンカチで水気を拭った咲良。
そっちの子?
咲良は何を言ってるの?
影宮さんの他には、私しかいないのに。
そう思って、辺りを見回し、首を傾げた時だった。
「あ……」
そう、小さく呟いて……咲良が、ハンカチを床に落とした。