6.
このとき、忘れたはずの闇が
自分を支配しようとしてることに
隼人は気づいていなかった。

まばたきをするのも忘れて、
自問自答を繰り返した。

だが、もしもあの時、
施設の前で父親に愛してると
言われたら、自分はそれが
本心であると信じただろうか。

千華の祖父や祖母と暮らすことは、
春希にとって幸せなのだろうか。

今ここでおれが春希に愛していると
伝えて、春希は信じるだろうか。

預けたあと自分の気持ちが立ち直る日が
来るかは分からない。

春希を迎えに行ける日が
いつになるかも分からないのだ。

春希は隼人の隣で寝ていた。

春希は今を一生懸命生きている。

そんな気がした。
寝顔を見ればみるほど、焦りを感じた。

いつになるかも分からない「迎え」を
約束してしまっていいのだろうか。

月日がたち春希は、「単なるお泊り」
ではないことに気づくだろう。

そして、おれを憎むだろうか。
恨むだろうか。そして、暗い世界を
生きていくことになるのだろうか。


嫌だ。


そんなことはさせられない。

愛する春希にそんな思いはさせたくない。

春希の幸せはおれが守る。
春希の幸せは…。


きっと今だ、

なにも知らない今が一番幸せだ。


今のまま春希の時が
止まってしまえばいい。

止まれ、







止まれ、






止まれ、



止まれ、


止まれ、止まれ、止まれ止まれ止まれ…。




「グフッ」



春希の苦しそうな声で我に返った。


「うわぁぁぁぁ!」


春希の首には自分の手のあとが
くっきりと残った。


必死に春希の体を揺すった。
春希は一瞬顔を歪めてゆっくりと
目を開けた。


「どうしたの?お父さん?」

「ご、…ごめんな春希、寝てていいぞ。」

震えそうになる声を無理矢理隠して
笑顔でそういった。


春希はもう一度眠りについた。


体が熱い。
汗が吹き出た。


今何をしようとしたのか
整理ができなかった。


でも本当は分かっていた。


「このままじゃ、春希を殺してしまう」
ということを。

今日の夜、
千華の祖父と祖母が春希を迎えに来る。

おれは勘違いをしていた。
春希の幸せを壊すものは周りじゃない。

おれなんだ。
おれの幸せを父親が壊したように…。

おれと父親は同じ世界を
生きていたのだ…。

隼人はテーブルの上に置き手紙を残した。

「千華のご両親へ 春希をお願いします。
      幸せにしてやってください。
 
千華へ    すまない。先にいってる。
 
春希へ      愛している。」


そのあと、
殴り描きだったがあの絵を書いた。


せめて幸せな世界に行きたい。

恐怖はあるが、きっとどこかで
こうなりたいと思っていたのだ。

いすを強く蹴り倒した。
お母さんに会えると信じて…。





遠くに自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。