三日後、千華が施設を出るときがきた。
「今までありがとうございました。
本当にお世話になりました。」
いつもの千華の笑顔がそこにあった。
大きなかばんをもって歩いていく
千華の背中を見えなくなるまで
ずっと眺めた。
施設を去ることは
先生達とおれしか知らなかったらしい。
きっと、
学校なんてまともに通えなくなる。
退学するかもしれない。
最後まで強がりやがって。
おれにだけに言ってどうするんだよ、
別れの言葉も言えないのに、
おれがそんなに特別だったのかな。
違う、
特別に思ってたのはおれの方だよ。
走った。
走りながら
千華の5年分の笑顔を思い出してた。
でも一番綺麗だったのは、
あの時だったな─。
「おいー。スケッチブック返せよー。」
「ちょっとまって!
だって隼人いっつも
同じ絵ばっか描いてるじゃん!
だから、最後は
わたしの絵で終わりにしてあげるー!」
「おれにとっては大事な絵なんだよ。」
「もーいっぱい描いたでしょ!
ていうか、隼人笑わないよねー!」
「千華は笑いすぎな。」
「そんなことないって!はい!できた!」
自慢げに見せたその絵は
笑顔のおれだった。
泣きそうなくらい嬉しかったんだ。
「ほら!こんなふうに笑ってみー!」
「やだよ。」
「好きな子の言うことは聞かないとー!」
「はぁ?」
「隼人、わたしのこと好きでしょ?」
きっと顔があかくなって、
ばれたんだろうな。
だけど、幸せだった。
「……おう。」
そういって、おれはあのとき、
絵の中のおれを真似して
笑ったけど、
ちゃんと笑えていたのだろうか。
「うん。わたしも好き。」
その瞬間の千華の笑顔は忘れられない。
遠くに、千華の背中が見えた。
どこにも行かないでほしい、
だけど今は千華の背中を押す。
千華に伝わるように、真っ直ぐな言葉で。
「千華!」
千華は振り返って止まった。
追いついた。
前に進んでる千華の気持ちにも、
おれは、追いつけるかな。
「隼人…どうしたの?」
「おれ、伝え方間違えてた。」
きっと、今なら伝わる。
「おれ、千華が好きだ。
ずっと変わらず好きだ。
だから、傷ついてほしくなかった。
だけど、それは千華を信じてなかった!
だから…今は、
千華なら平気って信じてる!
それでも助けてほしいときはおれが、
ささえててやる!」
いつか言った言葉、
今度は別れに選んだ。
「隼人…ありがとう…。
それとね、
隼人に言われたこと考えたの。
それで分かった。
お母さんがわたしを愛してるか
愛してないかは関係ないの。
わたしは今、お母さんを愛したい。
それが最期まで一方通行
だったとしても、今、愛したいの。」
きっと、その辛さも苦しさも
全部分かって千華はそう言ってる。
「わかった。じゃあな、頑張れ。」
そのあと、
千華はおれのポケットに何かをいれた。
小さい声で、
ごめん!といいながら。
歩いていく千華はすごく強く見えた。
「はーやとぉー!わたしも好きだよー!!」
千華の声が青空に響き渡った。
顔が熱くなった。
だけど、
なぜわざと千華が傷つくことをいったのか
その答えは結局最後まででなかった。
ポケットを探ると、
一枚の絆創膏が入っていた。
眩しくて、
目がくらみそうな記憶を取り戻した。
施設から意識が離れるとき、
千華のウエディングドレス姿が
隼人の脳裏に浮かんだ。