僕は俯いていた。

「あ、剛ちゃん。ちょっとお話いいかしら?」

剛ちゃんというのは僕のことだ。正式には剛(たけし)だが、親しい人は剛(たけ)と呼ぶ。

「…はい。」

近くにある“みつば”と言う喫茶店に足を運んだ。

アイスコーヒーを二つ注文し、席で待っていた。

「剛ちゃん、忙しいのに呼び出してごめんね。」
陽司のお母さんは僕が仕事を辞めたことを知らない。
「いえ、大丈夫です。」

「そう。よかったわ。」
「それで…話と言うのは?」

「そうね。忙しいだろうから手短に一つだけ言うわね。陽司にかわって言うわ。本当にありがとう。」

深々と頭を下げてそう言うおばさん。

「そんな…?僕は何もしていません。むしろ責められてもおかしくないくらいで…。」

「剛ちゃん?あなたは何も悪くない。本当にうれしかった。感謝してる。体を張って助けようとしてくれる剛ちゃんのような友達がいて陽司は幸せだわ。」

「…いや。」

「ありがとう。」

もう一度頭を深々と下げたおばさんの目から涙が零れ、机に落ちた。

僕はもう何も言わなかった。