見えない背後の恐怖に耐え切れず、無意識に後ろを振り返る。

走っていた勢いで、ポケットからスマートフォンが滑り落ち、コンクリートに打ち付けられた音だけが耳に響いた。

こんなに焦り恐怖に支配されているというのに、”スマホがあるならこれで帰り道を検索すれば良かった”と妙に冷静な自分が己の愚かさを笑った。

夜には淡く優しい光を放つ月が、存在感なくうっすらと浮かんでいる。

月の中にはなぜか日本人形のような着物を着た女の子が投影されている。

なんで月に女の子が?とか、日本人形のようなって、あんまりにもありきたりすぎる、とか、そういったことはその時は全く浮かばなかった。

ただただ”ヤバイ”という警報が頭の中で鳴り響いていて、逃げようと思うのに目は月に釘付けで指先すら動かせない。

時間にして一瞬だっただろう。

女の子がゆっくりと首を傾げると同時に私の体もぐらりと傾き防波堤から落ちていった。

自分の髪の流れさえ見えるほど視界がゆっくりと動き、落ちていくのが分かっているのに、見開いた目は月から離せない。

女の子が、笑った気がした。