◆旅立ち◆
泣くことは、神が人に許した慰めだったのだろう。
笑うことは、神が人に許した優しさだったのだろう。
怒ることは、神が人に許した意思だったのだろう。
忘れることは、神が許した最後の武器だったのだろう。
そして、死ぬことは、神が許した恩恵だったのだろう。
しかし、神は人からそれらを奪った。
神がお怒りになったのだ。
「神が奪ったモノ」より抜粋
四方を山に囲まれた村
ルーフェル村
そこに住む人々は、互いに助け合いながら作物や家畜を育て、生計を立てていた。
村全体は小さく、村の住民全てが顔見知りと言えるほど小さな村だった。
そこに住む唯一の黒髪を持つ少年がいた。
名前をレーベンという。
「こらー!レーベン!!」
「へへっ」
『ラヴェンダ』と書かれた看板の店から飛び出したのは、黒髪のパンをくわえた少年だった。
店からレーベンを追いかけるのはラヴェンダの店主、ロリエッタ。
ロリエッタは綺麗な赤毛を三つ編みにし、この地域の伝統的な服にエプロンを付けている。
赤い髪はまるで太陽を思わせる。
ロリエッタはラヴェンダでパン屋をやっており、今レーベンがくわえていたのは売り物のパンだった。
盗みは盗みだが、村人達からすればいつもの和やかな日常風景だった。
「おー、今日もやってるねー」
丁度、稲を刈っていた麦わら帽子のおじさんが微笑ましそうに言った。
レーベンとすれ違った小さな子供は、「頑張れー!」と声援を送っている。
レーベンはそれに手を振り返していると、自分を追ってくるロリエッタが見えた。
ロリエッタの足は尋常じゃなく早かった。
「ふっ!!?」
レーベンはロリエッタがかなり近付いて来ている事に焦り、目を見開く。
レーベンは速度を上げるが、ロリエッタの方がレーベンより遥かに早かった。
ロリエッタがレーベンに手を伸ばし、襟を掴んだ。
「うっ!」
物凄い勢いで走っていた為、後ろから引っ張られて首が絞まる。
レーベンは呻き声をあげて尻餅を着いた。
「ってぇーー」
「ふんっ!私から逃げ切ろうなんて十年早いわ」
ロリエッタはレーベンを見下ろしながら腕を組む。
「くっそー、またかよ……」
「あ、ちょっと、レーベン。あんた盗んだパンはどうしたのさ?」
レーベンがぼやいていると、ロリエッタはレーベンがパンをくわえていないことに気が付いた。
「あぁ、パン?ここ」
そう言ってレーベンが指差したのは自分の腹だった。
「ロリエッタに引っ張られる前にギリギリ食ったよ」
そう言ってニカッとレーベンは笑ったが、その笑顔のまま、レーベンの顔には徐々に冷や汗が流れ出す。
レーベンの目の前には仁王立ちでどす黒い笑顔を浮かべた、ロリエッタが。
もちろん、その目は笑っているはずもない。
「レーーベンー?」
「な、なにかな、ロリエッタ?」
「なにかなじゃないでしょーー!!」
「いだだだだだだっ!!!!」
ロリエッタはレーベンの頭を拳でぐりぐりと抉る。
教育的指導だ。
「今日、盗んだ分働いてもらうからねっ!」
「痛い痛い痛い、わかった、わかったからー!」
レーベンは教育的指導から解放された。
ぐりぐりされた箇所を擦りながら、レーベンは涙目だった。
「暴力女」
レーベンはボソッとそう吐き捨てた。
「なんか言ったかいレーベン!」
が、ロリエッタに聞こえていたらしく、キッと睨まれた。
「なんも言ってませんー!」
レーベンはべーっと舌を出す。
そして、そのまま走って来た道を戻る。
ロリエッタはふぅと溜め息をついて、レーベンと一緒に店に戻る。
「ったく、パンが欲しけりゃ自分で買いな
給料やってんだから」
ロリエッタはレーベンを追いかけて放置してあったパンを店に並べている。
一方のレーベンは、カウンターの席で客を待っている。
「盗って走って食うのがうまいの」
「馬鹿いうんじゃないよ。
晩飯抜きにするよ!」
「ヘイヘーイ、スイマセンでしたー」