地球が自転を繰り返し、昼と夜が間違いなくやって来る。
そして、僕にとって1年で最も重要な日――8月1日の朝が訪れた。
「おはよう、母さん!」
いつもより早起きした僕は、キッチンにいるはずの母親の姿を探した。
しかし、普段ならとっくに朝食の支度をしているはずの、彼女の姿が見当たらない。
ついでに言うと、キッチンのテーブルの上には、食事の準備もなく、夕べのまま綺麗に片付けられていた。
「まさか…!」
母さんは、運動神経が相当鈍い。
何もないところで転ぶ、なんて日常茶飯事だ。
階段から落ちて、気を失っているとか?
ゴミを捨てに行き、カラスに襲われたとか?
いや、要領が悪いから、隣の奥さんに捕まって、姑の愚痴を聞かされ、逃げ出すタイミングを失った、とか?
あり得る。
どれもありすぎて、我ながら疑いようのない推理だ。
…しかし、結果的に僕の予想はすべてハズレていた。
いい加減、待ちきれずに冷蔵庫を開け、僕は見つけてしまった。
「チンして食べてね」のメモと、ラップにくるまれた皿。
それから、ピンク色の封筒。
「藍(あい)君へ。」
僕宛の手紙に、嫌な予感がした。
よく冷えた封筒を開け、中の手紙に目を通す。
そして、僕は愕然とした。
【ママたち、急用で長崎の伯父さんちへ行ってきます!藍君はもう高校生なんだから、一人でお留守番出来るわね?…知らない人や怪しい人に話しかけられても、目線を合わせてはダメよ?いいわね?…それでは夏休みをしっかり満喫して下さい!】
な…何が夏休みを満喫しろ、だ!
この母親失格者!
今日は何の日か、忘れちまったのかよ?
今日は…僕の、誕生日なんだ…。
せめて、プレゼントとかないのかよ?
【追伸…お洗濯ヨロシクね♪】
僕は手紙をビリビリと破り捨てた。
まったく、なんて母親だ!
…ぐぅ…きゅるる…
腹の虫が鳴る。
とにかく、朝御飯を食べてしまおう。
昼と夜は、コンビニだな。…奮発して、ファミレスで腹一杯食べてもいいな…しかし、親たちがいつ戻るかも分からないし、あまりお金を使わない方がいいだろう。
「ちぇっ…」
僕は簡単に朝食を済ませると、部屋に戻り、ベッドに身体をあずけた。
去年までは、母さんがケーキを用意してくれて…それから、プレゼントももらったよな。
今年は全部なしか。
僕はそのまま枕に顔を埋めて、眠ってしまったらしい。
次に目覚めた時。
甘い香りが、開いたドアの隙間から入り込み、僕の鼻を刺激した。
「母さん…?帰ったのかな。」
長崎って、九州だろ?
物理的に行ってこの時間に戻るなんて不可能だ。
もしかして、空港から引き返してきてくれた、とか?
「母さんっ!」
階段を駆け降り、キッチンのドアを開ける…。
甘い香りが、さらに強く…あれ?何か、焦げてない?
しかも、黒い煙りが立ち込め…、
「けほ。こほ。」
僕のものではない、咳き込む声。
「か、母さん、大丈夫?今、消火器を…て言うか、窓開けて、換気扇回して…!」
僕は手探りで窓を開け、換気扇のスイッチを押した。
黒い煙はしだいに薄まり、ほっとしたのも束の間…。
母さんを振り返った僕の目に映ったのは。
「…誰?」