「羽紗、無事だといいけどな」
そう言って視線を落とす和泉。大嫌いだ、和泉なんて。
和泉だけじゃなく、乃唯も、ほかのみんなも。
──性格の良い、羽紗を好きになる。神無月という家柄に苦労させられたのは、いつだって私で。あの子は、苦労も何もしてこなかったのに。
『咲乃は、趣味が悪いわよね』
『なんで?俺は、ただ単に羽歌が好きなんだよ。
だって、いつだってひとりで抱えてきて、苦しんできたでしょ?』
そう言ってくれるのは彼だけで。私が愛したのも彼だけだというのに。
「羽歌、どうした?」
「なんでもないわ。
岬、帰りましょう?」
だからといって、どうしようもない。神無月の令嬢として、世界に名を広めているのは確実に私だ。世界から認められたのは、わたしのほう。
嫉妬したって、優れているのは私のほうなんだから。
あの子に嫉妬する必要なんてどこにもない。──そうでしょう?
羽紗はいつだって、「羽歌はすごいよね」と言っていた。
親にさえも認められている私は、きっと羽紗よりも価値のある人間なんだろう。──財界の人間にとっては。
自分が優れた人間だと、思わなきゃいけない場所にいる。それが私。
誰かに負けることなんて、許されないから。
「ああ」
「ちょっと待てよ、羽歌。
渡すもんあるから、俺の家寄ってけ。送る」
「嫌よ」
「羽歌」
「──あなたのことが、嫌いなの」
そう言った瞬間、ひどく歪む和泉の表情。なんで、そんな顔するのよ。──私のこと、あなただって嫌いでしょう?
「……わかった。また今度でいいから」
「できれば、あなたには会いたくない。どうせなら、羽紗にも」
「おい」
鋭い声で、今度は岬に制された。そうね、あなただってきっと羽紗のことを大切にしてた。
だから、私の言い方が気に食わない。
「出来の悪い令嬢は、神無月に必要ない。
出来の良い令嬢も……ふたりはいらない」
最低。そう言えばいい。私を嫌ってくれればいい。
──もう、誰も好きになりたくないのよ。
「……残酷な、人ね」
ひとりで歩きながら、ぽつりとつぶやく。
私より優れてるものが、もちろん羽紗にもあった。優しさだとか、笑顔だとか。
でも一番私が羨ましかったのは──仲間がいること。それだった。
そばにいてくれて、つらいことも聞いてくれて。そんな仲間を置いて、あの子は一体どこへ行ったんだろうか。
なんらかの事件に巻き込まれていたら、どうしようもないけれど。
「……ずるい」
ぽつりと本音が漏れる。ずるい。あの子は、ずるい。──羨ましい。
誰も見てないし、私のことなんて誰も知らない。はらりと落ちる涙にも、この行き場のない感情も、誰にも気づかれない。
「咲乃……」
私の好きな人と。その人物に一時的に愛された私。そして。
──彼に惚れた羽紗も、その羽紗に惚れた彼も。
「大っ嫌いよ」
*
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【GUILTY BOYS
-囚ワレノ姫-】
「暑い……」
──ぽつりと、言葉をこぼし、空を見上げて太陽のまぶしさに目を細める。
日差しが強い。こんなことなら日焼け止めを塗っておくんだった。
病院の中が快適だったからこそ、余計に外が暑くて。そういえばさっき、乃唯の病室にあったテレビで、猛暑だとかなんとか言ってた気がする。
数年ぶりの暑さとか、言ってたもんなぁ。
「……どうしましょうか」
勢いで出てきてしまったから、今さら岬のところへ戻れない。
だからといって、ここでぼーっとしていたら病院の目の前にいるのに、熱中症で中へ後戻りだ。
「……飲み物でも、買おうかしら」
そのまま、病院に隣接されているコンビニに入る。エアコンが利いているのか、かなり涼しい。
ストレートティーのペットボトルを手に取って、お金を払うと外に出る。
買ったばかりのそれで喉を潤わせると、ほんのすこし生き返った気分になった。──大袈裟ね。生き返った、なんて。
「そもそも、生きてるのに」
ぽつりとつぶやいたそれは、蝉の鳴き声がうるさい真夏の世界に溶けていく。
生きてるんだから、生き返るも何もない。
キャップを閉めて、小さくため息をついたところで、
「おいブス……っ!」
後ろから、確実に迷惑になりそうなほど大きな声で名前を呼ばれた。──いや、名前じゃないわね。
「ブスじゃないわよ、私」
「性格ブスだろ!」
「知ってるわよそれぐらい……」
なんなの、もう。せっかくひとりで来たのに、どうして来るんだろう。
──絶対、あなただって私のところに来たくなんてなかったはずなのに。
「テメェがひとりでウロウロしたら、
怒られんのは俺のほうなんだよ……!」
「知らないわよ……」
「乃唯の命令だから、
さっさと心響の倉庫行くぞオラ」
チッと、空を見上げて舌打ちする彼。
暑さに舌打ちしたのか私に舌打ちしたのか。──おそらくどちらもだけれど。
彼が、私に「行くぞ」と一言だけ声をかけて歩き出す。何を言うこともなくその後ろをついていけば、バイク置き場にたどり着いた。
確か、彼の運転は乱雑だから気をつけてと、稀沙が言っていたはずだ。
行きは稀沙のバイクの後ろに乗せてもらっていたけど、まさか今度は彼の後ろに乗ることになるなんて。
「……あなた、女の子ニガテなんでしょう」
「あ゛?仕方ねぇだろうが」
「羽紗の姉だから、でしょう」
「俺はアイツ以外の女は信用してねーんだよ」
さっさと乗れ。そう言いかけて、彼が途中で口を閉ざした。そしてポンと、シートに触れて顔をしかめた。
「おい、お前まだ時間あるな」
……はい?
「なんで……?」
「なんでって、考えろよ。いまこんなに暑いだろ。炎天下に置きっぱだったからシートが熱いんだよ。
お前、そんなほとんど脚出した状態で座ったら太もも火傷すんぞ」
だから、近くで暇つぶしだ。
そう言って、彼がバイクを押して歩き始める。
行き先は決まっているのか、スタスタと歩く彼の、ほんのすこし後ろを歩きながら。
──あながち悪い人でもないな、と小さく笑った。
「いらっしゃい。
──ん?岬が女連れ!?」
彼に連れていかれたのは、ちょっとしたバーのようなところだった。バイクは、裏の路地に適当に置いてたけど。
ギリギリ影に入ってるから、そのうち熱なんて冷めんだろ。と、彼は私を店の中に呼んだ。
「違ぇーよ。乃唯の女……の、姉貴」
「ややこしい説明だなオイ」
そう言ったまだ若そうなその人は、私を見てくすりと微笑む。
「いらっしゃいませ。お姫さま。
初めまして。このバーのオーナーです」
やっぱりバーだったのか。なんというか、神無月で暮らしていれば、あまりこういうところには来ない。──そもそも、私は未成年なんだけど。
「心響の姫が行方不明なのは知ってんだろ。
で、コイツは顔がそっくりだから変わり」
「そういうこと言うから、お前女にモテねぇんだな。
ごめんね?えーと、何ちゃんだっけ?」
「神無月 羽歌、です」
「羽歌ちゃんか。かわいい名前だね」
彼が席を勧めてくれて、岬の隣の席に腰かければ、「そういえば乃唯怪我したんだって?」と彼が言う。
……今さらだけれど、どういう関係なんだろう。
「コイツ庇ったから」
「え、羽歌ちゃんもしかして……
何かに巻き込まれたの?大丈夫だった?
その場にいたら俺が助けてあげたのに」
私たちにジュースを出しながら、彼が聞いてくる。もしかして、この人。
「フェミニスト……」
ほんの小さな声でつぶやいた私の声に、「あ?」と岬が聞き返す。
「やだなぁ、羽歌ちゃん。
俺は女の子が大切なだけだよ?」
それをフェミニストって言うんです。──そう言いかけて、口を閉ざした。っていうか、地獄耳ですよね。
「あ、そうだ。
俺のことはオーナーって呼んでくれればいいからね」
「オーナー、」
「うん」
「じゃあ……オーナーは、
岬や乃唯たちとどういうお知り合いなんですか?」
尋ねれば、ニコニコと微笑んでいた彼が、「え、お前言ってないのマジかよ」とでも言いたげな顔で岬を見る。
というより、さっきからオーナーって呼ぶたびにニコニコしてるのってどうなんですか。
「俺はね、コイツらの先代なの。
ハチとか、和泉とか知らない?」
「ハチさんは、名前だけ……
っていうか、和泉と知り合いなんですね」
「お?和泉と仲良いの?」
「私と和泉は、いとこなので」
へぇ、と彼が言ったあと。すこし考えて、「羽歌ちゃんお姉さんなんだっけ?」と聞いてくる。
「双子の姉ですよ」
「ああ、じゃあ……
和泉の好きな子って、この子か……」
オーナーが、ぼそぼそと何かをつぶやく。それから、「双子なんだー。いいね」と何事もなかったかのように話しかけてくる。
……?なんだったんだろう。
「双子って言っても、仲悪いですよ」
「そうなの?」
「私が、妹のこと嫌いですから」
岬が、眉間にシワを寄せる。羽紗を嫌いだと言われるのが、そんなに気に食わないなら。さっさと見つけて、私を解放してくれればいいのに。
「羽歌ちゃん……優しいでしょ?」
「まさか。性格悪いですから、私」