裏切られた、ね……。
「仕方ないじゃない……。
どれだけ裏切られたって、好きになったら、どうしようもないのよ……っ」
──それでも、好きなんだから。
自分でも、馬鹿だなって思ってる。さっさと忘れればいいのに。だけど、忘れようとすればするほど彼だけを想ってしまう。
「行き場のない感情がなくなれば、きっと泣いたりしないのに……。
──愛してるから、涙があふれるのよ」
彼だけを想う涙は、もうこれでもかというほどに流したのに。
──それなのに、止まってくれない。
だから、開き直った。
好きでいるって。そう思えばそこまで彼のことだけを考えてなくても良くなった。
──でもね、ひとつだけ。
和泉にも、言ってないけど。
「本当は、咲乃と連絡取れるのよ」
──彼は向こうに行ったときに番号を変えてしまったけれど、羽紗が向こうに行ってすぐにその番号が送られてきた。
ただ、現実を見るのが怖くて、私は逃げたの。
連絡しようと思えば、いつでも連絡できる。間違って番号のメールを消してしまわないように、保護までしてあるのに。
笑えるわね。
「羽歌、」
「咲乃だって知ってるなら否定しない。
ずっと私は彼のことが好きだから、もう何も言わないで」
──羽紗が、帰ってきたら。
何かもが日常に戻れば、咲乃に連絡してみようかな。何を言われても、私は彼を好きなはずだから。
いい加減、ちゃんと向き合うのも悪くないと思う。
「羽歌、」
「ん……、?
何してんだよ~、お前ら」
私と乃唯の視線が、夕咲の方を向く。
──よかった。さっきの間に彼の腕から抜け出しておいて。そんなとこを見られたら、修羅場になるに決まってる。
だって夕咲は、羽紗のことが好きなんだから。
「おはよう、夕咲」
「ん、はよ~」
相変わらず優しい夕咲に、自然と笑みを浮かべて「寝不足?」と尋ねれば、
「昨日帰ってきたの深夜なんだよ~」と頭を撫でてくれた。
乃唯は、夕咲が起きたからか何も言うことがなくて。「早く来いよ」と一足先に部屋を出ていった。
「ん~、着替えてくからお前も先行ってな~」
「はーい」
立ち上がると、彼の部屋を出て、いつもの部屋に入る。──と、乃唯に引っ付いていた梓が私の元へ寄ってきた。
「そこで、羽歌ちゃんのスマホ充電してるからねっ」
「あ、ほんとだ。ありがとう」
チカチカと、スマホのランプが光っていることに気づいて通知を確認する。──と。
……羽紗から、だ。こんな朝早くに送ってくるなんて珍しい。
『ごめんねお姉ちゃんっ!
夏休み最終日って言ってたけど、色々あって3日前に戻ることになりました』
本当に、あと少しなのね。──みんなと一緒にいられるのも。
そう思ったら、なんだかとても寂しくて。
『今日も泊めて』
和泉にそれだけ送って、スマホの電源を落とした。
【side梓】
きっと、僕の勘違い。
それでいいんだよ。
だって、今のほうがみんな楽しそうだなんて、言っても仕方ないでしょ?
「ん?梓どうした?」
「眠いなぁって。
僕珍しく早起きしたもん……」
ふわぁ、と欠伸すれば、乃唯ちゃんが「偉いな」と頭を撫でてくれた。もう。絶対偉いなんて思ってないでしょー。
「確かに、今日は早起きね。
何かあったの?」
「なんでもないけど、
はやく目が覚めちゃったんだよー」
くすりと笑う羽歌ちゃんに抱きついたら、近づいてきたみーくんに引き剥がされた。むぅ。
「なんで引き剥がすの……っ」
「見ててうざいから?」
「みーくんのばかっ」
みんなのこと、本当に大好きだけど。
──きっとみんなは、僕が未だにここにいることに対してやりきれない思いを抱いてることなんて、知らないと思う。
僕が幹部として選ばれた理由は、
「ああ、そうだ。
梓、この間言ってたリスト出来た?」
「うん、できてるよー?」
「どこにデータ入ってる?」
「いつものUSBのねぇ、」
──電子機器の扱いに慣れてるから。情報を扱う担当には適任だったから。
僕が幹部に入ることになった理由である、咲乃さんは、電子機器の扱いが得意だった。
「ああ、ほんとだ。さすが梓」
「えへへっ。
こんなの僕じゃなくても出来るよ?」
──たとえば、咲乃さんとか。
言いかけたけれど、やめておいた。乃唯ちゃんの彼女である羽紗ちゃんは、彼と浮気したんだから。
未だに、乃唯ちゃんの前では咲乃さんの名前を出すことを躊躇ってしまう。
「梓はいつも仕事が早くて助かるよ」
くすっと笑ってそう言ってくれた稀沙ちゃんに、「それならよかったぁー」と返しておく。──まだ、この空気は苦手だと思う。
──今では慣れたようなものだけれど、初め幹部に選ばれたとき、僕は素直に喜べなかった。
だって、ほかにも僕よりひとつ年上の人はメンバーの中にたくさんいる。
その中でも、僕が選ばれて。ひとつ年上の幹部に、そう簡単に馴染めるわけもない。
まぁ、一応同じチームのメンバーなわけなんだけど。
「急に幹部になっても、馴染めねぇよな」
──そう言って、僕に一番優しく接してくれたのが乃唯ちゃんだった。
ほかのみんなも確かに優しかったけど。
──だから、僕は乃唯ちゃんに懐いていて。
幹部になったころに比べれば、だいぶ慣れた。
でもやっぱり、まだ完璧には馴染めてない。
なんでも言えるような関係ではない。
「梓?どうかしたの?」
「ううんっ、なんでもないよ!」
顔をのぞき込んできた羽歌ちゃんにそう言って微笑み返すと、彼女は「そう?」と静かに笑った。
──顔は瓜二つなのに、羽紗ちゃんとは似ても似つかないような微笑み方。花に例えれば、羽紗ちゃんはひまわりで。羽歌ちゃんは百合だと思う。
いや、でも。羽歌ちゃんは桜かな。
美しいのに、どこか儚くて。ひらひらと舞う花びらのように、いつかは消えてしまうような、そんな存在。
淡い桜色は、彼女のイメージに合っている気がした。
「羽歌。
お前今日もいつもの時間でいいのか?」
ふと、みーくんが羽歌ちゃんに尋ねた。羽歌ちゃんは一瞬不思議そうな顔をして。そして口を開こうとしたとき。
「今日は俺が送るから良い」
「……乃唯」
──乃唯ちゃんが、口を挟んだ。
昨日まで包帯の巻かれていた腕にはもうそれはなくて、薄らとした傷跡のようなものだけが残っているけれど。
それもいずれ消えそうだから、傷跡は残らなさそうだなって思う。
「怪我ももう治ったし」
「……でも」
「元はといえば俺がやるべきことをお前が変わりにやってくれてたんだから」
──だから、俺が送る。静かにそう言った乃唯ちゃんに、なぜか違和感を感じた。
な、んだ……?
何かが、おかしい。
まるで……
「──乃唯」
優しい声色で、羽歌ちゃんが名前を呼ぶ。ふっと視線を羽歌ちゃんに向けた乃唯ちゃんが、「ん?」と訊ねた。
「今日は、岬でもいい?」
みーくんが「羽歌……」と小さく呟くけれど。乃唯ちゃんは、黙ったままで。
「………」
「彼に、大事な話があるの」
そう言った羽歌ちゃんの言葉を、仕方ないとでも言いたげに「わかった」と頷く乃唯ちゃんを見て。
──違和感の正体に気づいた。
「ありがとう」
「……ああ」
乃唯、ちゃんは。
──〝羽歌ちゃん〟が、好き?
よくよく考えれば、羽紗ちゃんのときはここまで執着がなかった。なんで今さら気づくんだ。
乃唯ちゃんが、僕らの前で羽紗ちゃんを抱きしめたことなんて一度もなかった。
羽歌ちゃんのときは、こんなにも公の場で彼女と接触してるのに。なんで、気づかなかった。
乃唯ちゃんが羽歌ちゃんを、好きなんだとしたら。
「羽紗ちゃんを、探す意味は……」
──どこにある?
僕らは、乃唯ちゃんのために。チームのために、あの子を探していた。なのに、その本来の目的を失ってしまったら。
「あ、岬。和泉のとこに送ってね」
「はぁ?」
「今日も泊まるって連絡してあるから」
「……わかったよ」
──心響が、目的を失ったも同然だ。
下の子にはなんて話す?幹部たちはそれで納得する?羽紗ちゃんを探さなくていいの?探したところであの子はどうする?
〝姫〟は、どうなる──?