八月八日水曜日午後21時33分。


長い黒髪を振り乱し、必死に走る一人の少女がいた。身体中に痛々しい傷を抱え、流れる血液も御構い無しにただ逃げる。
先程の悪夢は現実で、こうしている間にも奴らは彼女を追い掛ける。


「……はぁっ…、はあっ……っ!」


大丈夫。こんな事、今回が初めてじゃない。大丈夫。いつもみたいにまた乗り切れるはず。そしてまた、こうして死の追いかけっこを繰り返す……。


犯罪を犯したわけではないし、誰かに捜索される謂れもない。けれども自分を追い掛けてきている奴らに掴まれが、どうなってしまうかは知っている。
だからこそ、必死に逃げているのだから。


闇に染められた夜の街を走る少女は、ふと違和感に気付いて足を止めた。先程まで疎らにいた人の影が、たったの一人も見当たらないのだ。
不気味なほど、静寂に包まれていた。


追いかけられていた事も忘れて、少女はその場で周囲をぐるりと見渡す。
此処は、何処だ……。少女がいた街は『セーフエリア』と呼ばれる場所で、この国は12のエリアに区分されている。


けれども此処は、その12あるエリアのどれとも言えなかった。
写真やTVなどで公開されている各エリアのどれとも一致しないこの場所は、不思議と恐怖を抱かなかった。それどころか、少女はこの場所に足を踏み入れたことに酷く安堵すら覚えた。