これまで実験をしていてこんなことは初めてだった。

キヨノちゃんはいつも大人しく言うことを聞いていたのに・・。

「先生さっきのは何だったんでしょう?」

「おそらく奴は交代人格だ」

先生も、落ち着きを取り戻している。

「交代人格ですか?」

私は先生の助手をしているが、精神医学にそれほど詳しいわけではなかった。

「専門用語でいうと解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい)ってやつだよ。一人の頭の中に、別の人格が存在しているんだ」

「じゃ今のはキヨノちゃんの中にいる別人? 」

「そうだ。しかし、やっかいだな。奴は、私の名前を知っていた。そしてキヨノちゃんの普段のことも知っているようだ」

「同じ人だから、知ってて当たり前ではないんですか? 」

私は疑問に思って聞いた。

「普通はお互いのことが分からないことがほとんどだよ。しかも彼はキヨノちゃんの味方だと言ってたしね。かなりレアなケースだ」

先生はあごに手をあてて考え込む。



虚は、絶望して生きる気力を失うことで完成するという。

もしそうだとすれば、キヨノちゃんの中に別人格が存在するというのはマイナスではないのだろうか?

私は歩きながらそんなことを考えていた。

研究所から、大学の正門まではかなり距離がある。

森の中をコンクリートで舗装された道が通っており、ところどころに電灯がともっている。

私は道の少し先に人が立っていることに気がついた。

研究所は大学関係者は立ち入り禁止なので、このあたりには普段から人はいない。

こんな時間に誰だろう?

私は不審に思いながらも、その人影に近づいていった。

「すみません。あなたはあの研究所の人ですか? 」

見知らぬ男性が話しかけてきた。