「もう、僕は暇じゃないんだ今。あと、おじさん、てのが聞き捨てならないね」
「三十路なんて、私たちからしたら立派なおじさんですよぅ」
ひどいなぁとぼやきながら、男は布巾を外し、ふぅ、と息をつく。慎彰の方をちらっと見て、ああ、と呟いた。
「君が、新入りくん?修紅が言ってたっけか」
慎彰ははい、と返事をして、聞き返す。
「楊修紅師を訪ねなさい、と祖母に言われています」
「へぇ。じゃあ、鈴ちゃん連れてってあげなよ」
あいつなら厩舎にいたから、と付け加えると、曰く〈鈴ちゃん〉、は、じゃあ行こうか、と慎彰の腕を引っ張って歩き出した。
そういえば 、名乗りそびれたままだと思い、慎彰が口を開こうとすると、鈴ちゃんがまたいきなり喋り出した。
「あ、そうそう。私は景涼鈴ていうの。ここじゃあ最年長だから、何でも訊いて。大概のことは答えられると思うから」
彼女が喋っているうちに、厩舎に着たどり着いてしまい、またもや名乗る機会を逸した。慎彰は大人しく手を引かれるまま、涼鈴に着いていく。
「あっれ、おかしいな。ここに居るんじゃ・・・」
厩舎には青毛と栗毛の馬が一頭ずついて、慎彰の方を興味津々といった様子で見ながら足をぽくぽくさせている。農耕馬ではなく、脚の長い、艶やかな毛並みの駒だ。しっかり世話をしてもらっているのだろう。