(今回の婚約の話……きちんと話せば、お父様も解ってくれるわよね)

私は、不安な気持ちでお父様のいる謁見の間へと入って行った。

「失礼します」

「アイリス……」

(ああ……お父様、たった2日の間に……なんだか痩せたみたい)

「お父様、私……」

「……おかえり、アイリス。
 無事に帰ってきて、本当に良かった」

「ご、ごめんなさい……お父様。
 私、勝手な事ばかりして、お父様やお城のみんなに迷惑を掛けて……」

「いや、私が悪かった。
 お前の気持ちに気付いて、思いやってやることができなかった……」

「いいえ……いいえ、お父様。
 私がいつまで経っても子供だから、お父様が私に言えなかったお気持ちは解ります」

「アイリス……」

「私、一国の姫である自覚が足りなさすぎました。
 これからは、もっとお父様の助けになれるように……いいえ。
 この国の為に、一国の姫として、責任を持って行動いたします」

「…………何かを、学んだようだな。
 たった三日の間に……大きくなった気がするよ」

「お父様。私、この国を愛しています。
 それに気付いたから……」

「そうか……ああ。
 お前の故郷だ。大切にしなさい」

「……はい。はい、お父様」

「ところで、婚約の話なんだがな……」

「その事ですが、私から、お父様にお話があります」

「……婚約するのは、やはり嫌か」

「王女らしからぬ言い分だとは、解っています。
 国の為にも、この婚約は必要だと……」

「いや。私は、今、一国の王としてではなく、
 一人の父親として、お前と話をしているのだよ」

「え、それはどういう……?」

「私は、ただお前に幸せになってもらいたいのだ。
 政略結婚などという理由からではない事だけは、解っておいてくれ」

「お父様…………」

「少し、焦り過ぎたかもしれんの。
 ……すまなかった」

(お父様も、私と同じなのね。
 この国の為に、何かしなくちゃって焦って一人で不安になってた私と……)

「誰か他に……想いを寄せている者がいるのか?」

(…………ルカ。
 こんな時に、私の頭の中に浮かぶのは、いつもルカなんだわ。
 でも……)

「いいから、正直に言ってみなさい」

「わ、私は…………」

一瞬の逡巡、そして、私の震える喉から出た答えは、一つ。

「……いいえ、そのような人は、いません」

「……そうか」

(駄目よ、言えないわ。
 言ったらきっと、ルカに迷惑がかかる)

「それならば、今回の婚約の話をなかった事に出来る策が、一つある」

「え、本当ですか?」

「お前が生涯を独身で貫き、この国を “栄光ある孤立” として守り抜く事だ」

「 “栄光ある孤立”……」

「要は、八方美人というわけだ。
 そうなれば、他国との王位継承紛争に巻き込まれる事もなかろう。
 だが……」

お父様は、言葉にするのが辛いとでも言うように眉を寄せ、憐みの目で私を見る。

「お前には、辛い人生になるじゃろう……」

(生涯を一人で……国の女王として君臨し、
 その重圧を一人で背負っていかなくてはならない…………)

「実はな……これは、ルカの提案だ」

「ルカが!?」

「ああ。お前もそれが良いと言うなら、私もそれを認めよう」

(ルカが……ルカがそんな事を…………)

「一生を決める重大な事だ。
 時間を掛けて考えさせてやりたいが……」

「……そんな時間は、ありません。
 王子様方も、私が戻った事を聞き、こちらにお戻りになられるでしょうから」

「……ああ、そうだ」

「私、ルカの意見に賛成します」

「女のお前にとっては、辛い人生になるぞ。
 支えてくれる夫もおらず、子も持てない……」

「いいえ。私は、レヴァンヌ国の姫。
 とうに覚悟は出来ています」

「……すまないな。
 私の娘として生まれていなければ、
 お前にも普通の幸せがあった筈なのに……」

「お父様、御自分を責めないでください。
 私は、お父様の娘として生まれた事を心から誇りに思っています」

「アイリス……」

「それに……私は、一人ではありません。
 この国には、たくさんの人で溢れている。
 この国を心から愛する者達と共にならば、
 私はその辛さ、耐えてみせましょう」

「……アイリス…………ああ、本当にすまない」

しばらくの間、お父様は、涙を流して私の手を握っていた。