城門の前に立っていた兵士たちが私とルカを見つけて、目を見開く。

「こ、近衛隊長殿!
 今までどちらに……はっ!
 そちらにいらっしゃるのは……アイリス姫!?」

「この度は、ご迷惑をお掛けしました。
 私は、このとおり、無事に城へ戻ったと、お父様……いえ、陛下にお伝えください」

「……は、はっ! 承知いたしました!!」

「いや、私がこのまま陛下の元へ行ってお伝えしよう。
 姫は一旦、お部屋にお戻りになられて、身支度を調えられた方が宜しいでしょう」

ルカに言われて初めて私は、自分の身なりを見返した。
…………少し臭う気がする。

「……そうね。それじゃあ、ルカにお願いするわ」

「畏まりました」

ルカが私に向かって頭を下げる。
私は、それを横目に城の中へと入って行った。

「ひ、姫様……よくぞお戻りに……皆、心配していたのですよ」

城の中へ入ると、自分の部屋へ戻る前に、見慣れた侍女たちが私を囲った。
皆、一様に目を赤くして涙を溜めている。
私は、彼女たちに心配をかけてしまっていたと知り、胸が痛んだ。

「ごめんなさい。本当に、みんなには迷惑を掛けたわね。
 でも、もう安心して。私は、ここに戻りました。
 このような事態になるこおtは、今後一切ありません」

「姫様……短い間に、なんだかとても成長なさったように見えますわ」

「……いつまでも、子供のままじゃいられないもの。
 私は、この国でたった一人の姫なのだから」

「ひ、姫様ぁ~~~……」

侍女たちがむせび泣く。
私は、彼女たちの激しい感情表現に、感動で胸がいっばいになった。

「やだわ。なにも泣くことはないでしょう。大袈裟なんだから」

「いいえ、いいえ!
 今までの姫様ときたら、それはもう手がかかって手がかかって……」

「……悪かったわね」

先程の感動を返して欲しい。

 *  *  *


「ルカが戻ったか! アイリスは、アイリスはどこじゃ??」

「陛下。アイリス姫様は、ただいま身支度を整えておられます」

「アイリスは……無事、なのだな?」

「はい。お元気でおられます」

「そうか、そうか……良かった、本当に良かった…………」

(陛下が泣いておられる……よほど心配なさっていたのだろう。
 やはり、一国王であられる前に、一父親なのだな)

「……ルカよ。よくぞアイリスを無事に連れ戻してくれた。
 ありがとう、本当にありがとう!」

「いえ、私は……」

「何かお主に褒美をやろう。
 何でも良いぞ、何か欲しい物はないか?」

(……陛下には、きちんと真実を話しておかねば……)

「陛下。私には、褒美を受ける資格などありません。
 なぜなら……私が、アイリス姫様を連れ出した張本人だからです」

「何を言っておる。アイリスが居なくなった時、お主は、ここにおったではないか。
 そこまでして、アイリスを庇おうとせずとも良い」

「いいえ、そうではないのです。
 あの後、私は、アイリス姫を城下で見つけました。
 ですが、私は、姫様をお止めるどころか、一緒に城下を抜け出したのです」

ルカの言葉に、傍で控えていた衛兵たちが揃って驚きの声を上げる。

「なんてことだ……信じられない!」
「あの勤勉で実直な近衛隊長殿がどうしてそんなことを?」
「今回の姫様の婚約が気に入らなかったのだろう」
「ああ、近衛隊長殿は、密かに姫様を慕っておられたからな」

(お前ら……そういうことは本人に聞こえないところで言え)

ルカが咳払いをすると、騒いでいた衛兵たちがぴたっと口を閉ざして背筋を伸ばした。

「……ですから、私は褒美をもらうどころか、
 罰を受けなくてはならない身……覚悟は出来ております。
 どうぞ、何なりと罰をお与えください」

そう言って、床に膝をついて頭を下げているルカを国王が難しい顔で見つめる。

「……もう一度聞く。
 ルカよ、本当にお主がアイリスを城下から連れ出したのか?」

「はい。その通りでございます」

「では、何故戻って来た?」

「それは……姫様が、それを望んだからです」

再び衛兵たちに動揺の波が広がる。

「なんてことだ。では、姫様が嫌がるを無理矢理連れ出したという事か!」
「いやいや、あの姫様のことだ。
 城を出たものの、やっぱり帰りたいと気まぐれを起こされたのだろう」
「それも一理あるが、隊長が姫様に振られた、という線も……」

うぉっほん、と今度は国王が大きな咳払いを一つすると、
衛兵たちは、再び沈黙した。

「……アイリスが城へ戻りたいと言ったから、戻って来たと言うのだな」

「はい。愚かな真似を致しました」

(あいつらめ、ただじゃおかないからな……)

「それは、何の行為に対する後悔か?
 アイリスの望みを聞き、城へ戻って来たことをか」

国王の含みのある言い方に、それまで顔を伏せていたルカが弾かれたように顔を上げた。

「いいえ、違います!
 姫様を城下から連れ出した行為こそが、愚かだったという意味です」

国王は、ふぅと溜め息を吐き、掌を返した。

「そんなに罰を与えて欲しいのなら……アイリスに頼むがよい」

「そ、それは、どういう……」

「お前は、私の臣下ではない。アイリスの臣下じゃ。
 よって、私が手を下す事はできん」


「陛下?!」
「お、お言葉ですが、国王陛下!
 近衛隊長ともあろうお方が、一国の姫君を城から連れ出したなど、言語道断ですぞ!
 それも、嫌がる姫様を無理矢理に……即刻、死刑にすべきです!」

騒ぎ立てる衛兵たちに、国王がきっと睨みを効かせる。

「お前たちは、今まで一体何を見てきたのだ!
 ルカが我が娘アイリスに仕えるようになって早10年以上にもなる。
 その間、ルカがアイリスの嫌がる事を無理矢理するような事があったか!」

恫喝する国王の言葉に、衛兵たちは、自分たちの失言を恥じて顔を伏せた。

「ルカがそのような愚かな行いをする人柄ではない事は、皆がよく知っている筈だ」


「……そ、そうだ。近衛隊長殿は、いつもアイリス姫様の心配をなさっていた」
「あ、ああ。姫様がいなくなった時も、誰よりも必死になって探し、誰よりも先に見つけていた」
「近衛隊長殿は、誰よりもアイリス姫を大切に思われていた。そんな事をする筈がない……!」


「ルカよ。例え、お主がアイリスを城から連れ出したとしても、
 アイリスを無事に連れて戻って来たのも、またお前だ。
 私には、その真実だけで十分なのじゃ」

「陛下……!」

(ああ、この方には適わない。
 なんと……なんと器の大きな方だ!)

「まぁ、我が臣下ではなくとも、褒美を与えてるのは、よかろう。
 私の気持ちだ。何なりと言うがよい」

「……一つ、お願いがございます」

「何だ? 言うてみよ」

「……今回のアイリス姫様の婚約話を、なかった事にして頂きたい」