(私の所為だ……)

私の視界が涙で歪む。

でも、すぐに泣いている場合じゃない、と考え直して、涙に濡れた目を強く瞑った。
弱い心を振り切るように、ぱっと勢いよく目を開いて涙を飛ばすと、視界がよく見えた。

(私は、私にできることをしよう)

そう自分に言い聞かせると、私は力を振り絞り、白い男の拘束から逃れようと必死にもがいた。
首筋に当てられていた刃物が私の肌を薄く切り裂き、痛みに顔が歪んだが、
構うことなく必死でもがき続ける。

「自分の命より、あの男が大事か」

白い男が私の耳元で問う。
ルカには聞こえていないようだ。

「…………当たり前でしょ」

私は、首筋に暖かい血が流れていくのを感じながら答えた。

「果たして、本当にそうかな。
 あの男が死ぬのを見届ければ、あんたの命を助けてやる、と言ったら?」

白い男の甘言に、私は、かっと頭に血がのぼるのを感じた。

「馬鹿にしないでっ。
 誰かの命と引き換えに助かる命なんて、私はいらない」

その時、何故か不意に白い男の拘束がほんの少しだけ緩んだ。
私は、その隙を逃さず腕を引き抜くと、自由になった片手で懐に隠し持っていた短剣の柄を掴んだ。
そのまま抜き放った短剣の切っ先を、白い男へと突きつける。

「ルカを助けて。そうしたら、私のことは好きにしていい」

私の剣先は、白い男の首筋の寸でのところで止まっていた。
白い男が仮面の下で息を飲むのがわかった。

「アリス!」

ルカが叫んだ。
私が振り返るより早く、どこからか短剣が飛んできて、私の片腕を掴んでいた白い男の腕に突き刺さる。
白い男は、小さく唸ると、私を解放し、剣の刺さった腕を抱えながら距離を取った。

そこへルカが駆け寄って来て、私の身体を自分の方へと引っ張った。
ルカの目が私の首筋から流れる血に気付いて、怒りに燃える。

「この傷は…………馬鹿、無茶ばかりしやがって。
 そんなに、俺のことが信用できないのか」

ルカは言いたいことだけ言うと、私を背後に庇いながら、白い男に対峙した。
私は、ルカの見慣れた広い背中を見て、両の目から涙が零れるのを止められなかった。

「私は、平気。ルカこそ……」

そう言いながら私がルカの全身に視線をやると、所々衣服が破けて血が流れているのが判った。
急所は外しているようだが、見ているだけで痛々しい。

(こんなに傷だらけになって……ルカは、どうして私を守ってくれるんだろう)

白い男は、私たちから少し距離を保ちながら、自分の腕から短剣を抜いた。
白い男の纏っている純白のマントが赤黒い血で染まって行く。

私は、先程の夜盗たちはどうしたのだろう、と背後を振り返った。
しかし、焚火に照らされて見える範囲に、立っている人影は見当たらない。
どうやらルカは、素手だけで剣を持った3人を倒してしまったらしい。

改めてルカの強さを実感し、私は、嬉しさに身が震えた。
私のルカは、世界で一番強いのよ、と世界中の人たちに言ってやりたかった。

「急所は外してある。
 だが、止血しなければ、死ぬぞ」

ルカが白い男に向かって、低い声で言った。

「敵の心配か。余裕だな」

流れ出る血を止めようともせず、白い男が答えた。

「お前の目的は何だ。何故、こんなまどろっこしいことをする」

私は、ルカの質問の意味が分からず、眉根を寄せた。

白い男は、答えない。
ルカが言葉を続けた。

「こいつを殺すことが目的なら、俺が夜盗たちと闘っている間にでも出来ただろう。
 だが、お前は、それをしなかった」

言われてみれば、確かにそうだ。
先程まで刃物を突き付けられていて、首筋に傷をつけたのは私が動いたからで、
今こうして私が無事でいるということは、彼には私を殺す気など初めからなかったということなのだろうか。

「あんたが本当に “アイリス姫”なのかどうか、俺は、それが知りたい」

白い男の声は、切実で、それまでの冷静な彼の様子とは違い、
私には、彼が本当のことを言っていると思えた。

彼の目的は、間違いなく “アイリス=レヴァンヌ姫”なのだろう。

もし、私がここで、違うと答えたら……

「私は、…………」

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※この後は、【女王ED】と【真実ED】にストーリーが別れております。
 【女王ED】は、次ページから読むことができますが、
 【真実ED】は、アルファポリス限定で掲載しておりますので、そちらからお読みください。

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