私は、聞き間違いかと思った。
こんなに弱弱しいルカの声を聞くのは、初めてだ。

「後悔って、何を? ……国を抜け出して来たこと?
 どうして……」

ルカの顔は真剣で、冗談を言っているようには見えない。
ルカは、私の方を見ることなく、先程からじっと火の中を見つめている。

「いくらお前を守るって言ったって、それが俺に務まるのか……って、ずっと自問自答してた。
 今までは、城という囲いの中にいたから、お前を守ってこられた。
 でも、これから先、俺達が行こうとしてる場所に……防御となる壁はない」

(嘘……あのルカが、弱音を吐いてる……)

いつも真面目な顔で私を叱ってばかりいるルカが弱音を吐くところなんて、
私は今まで一度だって見たことがない。

(……そうだ。ルカはいつも私を守ってくれた。
 だから、私にはそれが当たり前になって、ルカがこんなふうに考えて悩んだりしてるなんて……
 これっぽっちも考えてもみなかった)

そのことに驚きはしたが、ルカが言おうとしていることを私も少しは解る気がした。
私が夢を見るお姫様でいられたのは、城の中で大事に守られていたからだ。
それが分からないほど、私は愚かではない。
国を出て、無事でいられる保証はないし、どうやって生きていくのかすら何も分からないのだ。
ルカが不安に思うのも当然だろう。

「陛下が仰るのも解るんだ。……自分の娘だもんな。
 そりゃあ、ちゃんとした国の王子と結ばれて、幸せになって欲しいさ。
 俺だって、お前には幸せになって欲しい。……だからこそ、守りたいって思ってる」

果たして、あの腹黒狸……じゃない、お父様が本当に娘の幸せのためだけを考えて、
この政略結婚の話を進めようとしているかは、娘の私でも同意しかねるが、
後半の話は、初めて聞く。
目の前でルカが思い悩んでいるというのに、つい嬉しいと思ってしまう自分がいる。

「だから、本当にお前の幸せを祈るなら……このまま国を出て行くより、
 戻って、姫として暮らした方が、お前のためなんじゃないかって……」

その言葉は、浮かれていた私の心を深く抉った。

「……何よ、それ」

怒りで声が震える。
私が続けるよりも先にルカが話を続けた。

「だって、そうだろう?
 俺なんかが、お前を幸せになんか……」

「誰もルカに幸せにして欲しいなんて、言ってないっ!」

私は、思わず立ち上がって叫んでいた。
ルカが驚いた顔で私を見上げる。

「私の幸せって、何? 姫としての暮らしが私の幸せなの?
 そんなこと、ルカが勝手に決めないでよ。
 私の幸せくらい、私が決める」

私の言葉に、何故かルカが傷ついた顔をする。

(どうしてルカがそんな顔をするのよ……
 傷つけられたのは、こっちなのに……)

「……もういい。ルカに迷惑はかけない。
 これからは、私一人で生きていく」

強い決意と共に口にした私の言葉を、
ルカが溜め息交じりに受け止めた。

「……どうやって?」

「の、農業をしたり……何か、物を作って売る、とか。
 ……あ、どこかの街のお店で働かせてもらったりなんかして……」

「無理だ。生まれて16年間、ずっと城で守られてきたお姫様が、
 一人で生きていけるわけがない」

「そ、そんなの、やってみなきゃ解らないじゃない」

「アリス……」

「とにかく、もう私のことでルカが責任を感じる必要なんてないわ。
 国へ戻って、私のことは探したけど見つからなかったってことにすれば、
 お父様だってきっと許して……」

「違う! ……俺のことはいいんだ。
 迷惑だなんて、思わなくていい。
 俺が決め道だ。その事に後悔はしてない」

私を見上げるルカの焦げ茶色の瞳に、ちらちらと焚の火が見える。

「すまなかった。
 つい、弱気になってたんだ。
 こんなこと、アリスに向かって話すことじゃなかった」

(そんなこと……言わないで欲しい。
 ルカの立場を、気持ちを考えてあげられなかった私が悪いんだから)

「ちが、……そういうことじゃ」

その時だった。