「アリス!!!」
突然、暗闇を光が裂くようにルカの声が聞こえた。
部屋に私がいない事に気付き、探しに来てくれたのだろう。
「ルカ……!」
私が答えるよりも先に、ルカが私に気付き、駆け寄って来てくれる。
ルカは、地面に倒れた男達を一瞥すると、素早い動作で腰に差した剣を抜き、
私と白い男の間に立ち塞がった。
「何者だ」
ルカの声は、低く落ち着いていたが、その背中からは緊張の色が伺えた。
鋭い眼差しで相手の力量を推し量るも、
白い男は微動だにせず、ルカの問いにも答えようとしない。
不気味な仮面をつけているのは変わらないのに、
何故か先程までの殺意が嘘のように引いている。
「……邪魔が入った。
姫、いずれそのうち……」
「待てっ!」
ルカが追おうとするが、白い男は、すっと闇に溶け込み、消えてしまった。
最後に “姫” と言ったのは、私への皮肉のつもりだろうか。
周囲を見渡し、誰の気配もない事を確かめると、ルカが私の傍へと戻ってくる。
「怪我はないか?」
私は、小さく頷いて見せた。
殺されてしまった二人の男たちも、私を乱暴には扱ったが、外傷を負わせるようなことはしなかったし、
白い男にかけては、私に一切手を出していない。
しかし、まだ歩けそうにはなかった。
自分がどれほどひどい顔をしているのかは分からないが、私を見るルカの表情から、その程度が伺える。
確かに外傷はないが、心に負った恐怖は、すぐに拭えそうにもない。
ルカが怖い顔をして、私に訊ねた。
「あいつらに何かされたのか?」
私が首を横に振ると、ほっとしたように肩で息を吐いた。
「……無理はするな」
そう言われても、無理をしなければ、立っていることさえ叶わないだろう。
それだけ今目の前に繰り広げられた出来事は、私にとって衝撃的なものだった。
(……私は、どこへ行っても “姫” から逃れられないの?)
あの白い男は、 “アイリス”を捜していた。
改名をしてまで王都を出て来た筈なのに、周りが私を放っておいてはくれない。
でもそれは、 “私”じゃない。 “姫”なのだ。
「宿に戻ろう。少し休んだら、朝一でこの村を発つ」
そう言って、ルカが私の背中を支えるように軽く押す。
しかし、一歩踏み出した私の足が裸足である事に気付き、足を止めた。
「……失礼」
そう言って、突然ルカが屈んだかと思うと、私の身体がふわりと宙に浮かんだ。
「きゃっ……」
あまりにも突然の事に、私は抵抗する暇もなく、ルカに抱き上げられていた。
私が驚いていると、ルカは、そのまま宿へと向かって歩き出した。
「……る、ルカ?
大丈夫よ、一人で歩け……」
「ダメだ」
「なっ……何よ、それっ。
………命令よ。今すぐ私を降ろしなさい!」
子供の頃ならば、まだ良い。
しかし、この歳になって抱き上げられるのには、かなりの抵抗がある。
ましてや、私が子供だった頃は、ルカもまだ子供で、私を抱える力もなく、
こんな抱き方をされた事は一度もない。
「もう “姫” はやめたのだろう。
それなら、俺がその命令を聞く義務はない」
ルカのきっぱりとした口調に、私は言葉に詰まった。
自分で口にした言葉が返ってきたのだ。
それ以上、何も言い返す事が出来ない。
悔しかったが、私は、ルカに抱かれたまま宿へと向かった。
(そう言えば……私のこと、
こんなふうに軽々と抱き上げられるようになったんだ……)
私の背中と膝裏に当たっているルカの腕は、太くて硬い、まるで知らない人のようだ。
日々訓練を積んだ兵士なのだから当たり前なのだが、
今までこんなにルカと密着した事などなかった気がする。
実は、ずっと昔にも、同じような事があった。
私が城を抜け出して、ルカに見つかった時だ。
途中で靴を無くしたのか、その時の私も裸足だった。
そんな私を見て、ルカが私を抱き上げようとしたのだが、
まだ力がなく、どうにも抱き上げたまま歩き続ける事が出来なかった。
その時、いいよと言う私をルカは背中に負ぶった。
それでもやはり辛そうなルカを見ていられなった私は、ルカに命令をしたのだ。
『私を降ろしなさい』
“命令だ”と言うと、ルカはしぶしぶ私を降ろしてくれた。
その時からだろうか、ルカが私に触れる事をしなくなったのは。
今では、あの頃とは比べようにならない程、ルカは強く逞しくなった。
軍服の上から触れただけでも解る、その引き締まった身体。
私は、妙にルカを意識してしまって、ルカの顔を見上げる事が出来なかった。
(今回も……
やっぱりルカは、私を見付けてくれた)
私が迷子になった時も、城を抜け出した時も、
ルカは、必ず私を見付けてくれる。
そして、そう信じてもいるから、私は、どこへでも自由に動き回る事が出来た。
今回も、怖い思いはしたものの、
心のどこかでルカが必ず助けてくれると信じていたから、
恐怖に負けることなく、最後まで立ち向かえた。
『もう “姫” はやめたのだろう。
それなら、俺がその命令を聞く義務はない』
先程ルカに言われた言葉を心の中で反芻する。
(……そう。私は、 “姫”じゃない。
“アリス”なんだから)
そう自分に言い聞かせるように胸の中で呟く。
私は、無意識にルカの軍服を掴み、身を寄せた。
その時、ルカが頬を赤らめて何かに耐えるような顔をしていたのを、
ルカの胸に顔を埋めていた私は、気付くことが出来なかった。
突然、暗闇を光が裂くようにルカの声が聞こえた。
部屋に私がいない事に気付き、探しに来てくれたのだろう。
「ルカ……!」
私が答えるよりも先に、ルカが私に気付き、駆け寄って来てくれる。
ルカは、地面に倒れた男達を一瞥すると、素早い動作で腰に差した剣を抜き、
私と白い男の間に立ち塞がった。
「何者だ」
ルカの声は、低く落ち着いていたが、その背中からは緊張の色が伺えた。
鋭い眼差しで相手の力量を推し量るも、
白い男は微動だにせず、ルカの問いにも答えようとしない。
不気味な仮面をつけているのは変わらないのに、
何故か先程までの殺意が嘘のように引いている。
「……邪魔が入った。
姫、いずれそのうち……」
「待てっ!」
ルカが追おうとするが、白い男は、すっと闇に溶け込み、消えてしまった。
最後に “姫” と言ったのは、私への皮肉のつもりだろうか。
周囲を見渡し、誰の気配もない事を確かめると、ルカが私の傍へと戻ってくる。
「怪我はないか?」
私は、小さく頷いて見せた。
殺されてしまった二人の男たちも、私を乱暴には扱ったが、外傷を負わせるようなことはしなかったし、
白い男にかけては、私に一切手を出していない。
しかし、まだ歩けそうにはなかった。
自分がどれほどひどい顔をしているのかは分からないが、私を見るルカの表情から、その程度が伺える。
確かに外傷はないが、心に負った恐怖は、すぐに拭えそうにもない。
ルカが怖い顔をして、私に訊ねた。
「あいつらに何かされたのか?」
私が首を横に振ると、ほっとしたように肩で息を吐いた。
「……無理はするな」
そう言われても、無理をしなければ、立っていることさえ叶わないだろう。
それだけ今目の前に繰り広げられた出来事は、私にとって衝撃的なものだった。
(……私は、どこへ行っても “姫” から逃れられないの?)
あの白い男は、 “アイリス”を捜していた。
改名をしてまで王都を出て来た筈なのに、周りが私を放っておいてはくれない。
でもそれは、 “私”じゃない。 “姫”なのだ。
「宿に戻ろう。少し休んだら、朝一でこの村を発つ」
そう言って、ルカが私の背中を支えるように軽く押す。
しかし、一歩踏み出した私の足が裸足である事に気付き、足を止めた。
「……失礼」
そう言って、突然ルカが屈んだかと思うと、私の身体がふわりと宙に浮かんだ。
「きゃっ……」
あまりにも突然の事に、私は抵抗する暇もなく、ルカに抱き上げられていた。
私が驚いていると、ルカは、そのまま宿へと向かって歩き出した。
「……る、ルカ?
大丈夫よ、一人で歩け……」
「ダメだ」
「なっ……何よ、それっ。
………命令よ。今すぐ私を降ろしなさい!」
子供の頃ならば、まだ良い。
しかし、この歳になって抱き上げられるのには、かなりの抵抗がある。
ましてや、私が子供だった頃は、ルカもまだ子供で、私を抱える力もなく、
こんな抱き方をされた事は一度もない。
「もう “姫” はやめたのだろう。
それなら、俺がその命令を聞く義務はない」
ルカのきっぱりとした口調に、私は言葉に詰まった。
自分で口にした言葉が返ってきたのだ。
それ以上、何も言い返す事が出来ない。
悔しかったが、私は、ルカに抱かれたまま宿へと向かった。
(そう言えば……私のこと、
こんなふうに軽々と抱き上げられるようになったんだ……)
私の背中と膝裏に当たっているルカの腕は、太くて硬い、まるで知らない人のようだ。
日々訓練を積んだ兵士なのだから当たり前なのだが、
今までこんなにルカと密着した事などなかった気がする。
実は、ずっと昔にも、同じような事があった。
私が城を抜け出して、ルカに見つかった時だ。
途中で靴を無くしたのか、その時の私も裸足だった。
そんな私を見て、ルカが私を抱き上げようとしたのだが、
まだ力がなく、どうにも抱き上げたまま歩き続ける事が出来なかった。
その時、いいよと言う私をルカは背中に負ぶった。
それでもやはり辛そうなルカを見ていられなった私は、ルカに命令をしたのだ。
『私を降ろしなさい』
“命令だ”と言うと、ルカはしぶしぶ私を降ろしてくれた。
その時からだろうか、ルカが私に触れる事をしなくなったのは。
今では、あの頃とは比べようにならない程、ルカは強く逞しくなった。
軍服の上から触れただけでも解る、その引き締まった身体。
私は、妙にルカを意識してしまって、ルカの顔を見上げる事が出来なかった。
(今回も……
やっぱりルカは、私を見付けてくれた)
私が迷子になった時も、城を抜け出した時も、
ルカは、必ず私を見付けてくれる。
そして、そう信じてもいるから、私は、どこへでも自由に動き回る事が出来た。
今回も、怖い思いはしたものの、
心のどこかでルカが必ず助けてくれると信じていたから、
恐怖に負けることなく、最後まで立ち向かえた。
『もう “姫” はやめたのだろう。
それなら、俺がその命令を聞く義務はない』
先程ルカに言われた言葉を心の中で反芻する。
(……そう。私は、 “姫”じゃない。
“アリス”なんだから)
そう自分に言い聞かせるように胸の中で呟く。
私は、無意識にルカの軍服を掴み、身を寄せた。
その時、ルカが頬を赤らめて何かに耐えるような顔をしていたのを、
ルカの胸に顔を埋めていた私は、気付くことが出来なかった。