レヴァンヌ城にある美しい庭園に、一人の少女がいた。
少女が歩く度に、癖の付いたマゼンタ色の髪がふわふわと揺れる。
誰が見間違う筈もない。この城主の一人娘、アイリス=レヴァンヌ姫だ。

「はぁ、暇ねぇ~……」

 アイリスは、その日何度目かになる溜め息を吐いた。
城外に出ては行けない、と言われたから部屋に居たのに、
今度は不健康だと言われ、こうして追い出されたのだ。

(……部屋の掃除だなんて、毎日やってるのに。
 いくら明日が大切な日だからって、
 あの部屋のどこを掃除する必要があるのかしら)

 小国とは言え、一国の王女の部屋。
派手ではないが質素でもない煌びやかな調度品の数々に囲まれ、
部屋の隅から隅まで埃一つあってはならない、と言うのがメイド長の口癖である。

(みんな明日の準備で忙しそうだしなぁ。
 今、この城の中で何もする事がないのは、私くらいでしょうね)

その時、ちょうど回廊を通りかかったメイドたちがアイリスの姿を見とめて、何かを囁くのが聞こえた。

「あ、ほら見て。アイリス様よ」

「まぁ、本当。
 でも……お一人みたいね。
 こんな所で何をしていらっしゃるのかしら」

「やだ、あの御様子を見て解らない?
 きっと婚約の事がお辛いんだわ……」

「あ……そ、そうよね。
 いくら一国のお姫様だからと言って、見ず知らずの人と婚約するだなんて、
 辛くない筈がないわよね」

「お可哀相に……。
 そっとしておいてあげましょう」

 そう言って、メイドたちはアイリス姫に憐みの目を送りながら、その場を通り過ぎて行った。
 アイリス姫は、聞こえてるわよ、と心の中だけで突っ込みを入れながら、ため息を吐く。

「……図書室にでも行こうかしら」

 アイリス姫は、図書室のある方角に目をやった。
空は、まだ明るく、今日一日がとても長く感じた。