「ちょっと、ふざけないでよっ!
 こんなボロっちぃ宿屋が、そんなに高い筈ないでしょう!」

あまりに望外な値段を突き付けられて、私は怖がっていたことも忘れ、思わず声を荒げた。
いくら私がお姫様だからと言っても、お金の価値くらいは分かっている。
1Gは、1000#S__シルバー__#。
2万Gもあれば、城下町で立派な一軒家が建つ。

「……文句があるなら、よそへ行け。
 こちとら商売でやってるんでね。
 ……ま、この村にゃ、ここ以外に宿屋なんてねぇけどな」

「それにしたって、限度と言うものがあるわ!
 王都にある最高級の宿屋だって、そんなにしないわよっ!」

「……金がねぇんなら、帰んな」

にべもなく言い切られては、これ以上返す言葉もない。
手持ちにお金だと休憩代くらいは払えそうだが、そんなことをすれば、路銀があっという間に底をついてしまう。

(そんな無駄遣いは出来ないわ。
 こんなの、ぼったくりに決まってる!)

「……で、どうすんだ?」

人を値踏みするかのような嫌らしい目つきに、私は、毅然とした態度で真っすぐ見返してやった。

「そんなお金はないわ。
 私は、まだ旅を続けなきゃいけないのよ」

「……タダで泊めてやるわけにはいかないぜ」

「言われなくても。
 こうなったら、野宿でも何でもするわ」

長時間馬の背中に揺られたおかげで、私の身体は限界だったが、ここで折れていては、先がない。
そう思い、私が宿屋を出ようとした時だった。

「やだ、ちょっとお父さんったら。
 お客さん、ちょっと待ってくださいな!」

突然、奥の部屋から一人の若い女性が現れた。
私が戸惑っていると、その女性は、明るい口調で私に話しかけながら、カウンターの中へと入っていく。

「ごめんなさいね。
 うちの父ったら、いつもお客さんをからかってばかりいるのよ。
 父が言ったこと、真に受けないでくださいね」

「……は、はぁ」

どうやら彼女は、カウンターに座っているオジサンの娘のようだ。
顔は、オジサンとあまり似ていない。

「お客さん、お一人ですか?」

「いえ。もう一人、連れがいるんです」

「では、二部屋ですね。
 わかりました。それでは、一泊5万Gになります」

「……ご、5万Gっ?!
 あの、さっきよりも増えてるんですけどっ!!」

「あらぁ~、わかっちゃいました?
 冗談ですよ、冗談♪」

(本当かしら……)

「お会計は、200#S__シルバー__#になります」

「……って、安すぎっ!
 この差は、一体何なんですか」

「すみません、このところ物騒になりまして……。
 お客さんの数も減り、お店の経営が厳しいんですよ」

「だから、最初に高値を言って、あわよくばって事ですか。
 ……それって詐欺じゃないんですか?」

「ここは、俺の店だ。
 誰が何と言おうが、俺の好きにやって何が悪い」

横から親父さんが口を挟む。
何だかもっともらしい理由だが、私は何だか釈然としない。
詐欺は、詐欺なのだ。人を騙す事が良い事だとは思えない。

「そうでもしないと、生きていけないんですよ。……私たち」

そう言った彼女の笑顔が作り物のような気がして、私は薄ら寒いものを感じた。
こんな場所は知らない。こんな生活をしている人を、私は知らない。

「……でも、人を騙す事は、悪いことです」

そう俯きながら呟くだけで精一杯だった。

「綺麗事で腹はふくれねぇ。
 そんなものは、金に余裕のある人間の戯言だ」

「お父さん、言い過ぎよ。
 ごめんなさいね、お客さんに言ったわけじゃないのよ」

私が俯いたまま顔を上げられないでいると、娘さんがカウンターの中から鍵を取り出した。

「さあ、お部屋に案内しますね。
 どうぞ、私に付いて来て下さい」

娘さんの案内で、私は二階の部屋へと向かった。
連れが厩に居ることを告げると、あとでご案内します、と言ってくれた。

「何のおもてなしも出来ませんが、どうぞごゆっくりお休み下さい。
 もし何かありましたら、1階のカウンター横の部屋におりますので、お呼び下さいね」

笑顔でお辞儀をして立ち去ろうとする娘さんを私は思わず呼び止めた。

「……あ、あの!」

「はい?」

「…………いえ、何でもありません」

「そうですか?
 気を遣わずに、何でも仰ってくださいね」

そう言って、彼女は下の階へと戻って行った。

(きっと、村が荒んでいたのは、村人達の生活が貧しいからだわ)

そんな事は、聞くまでもなく明白だった。
でも、それは、今の私が気にする事ではない。

私は、 “姫”ではないのだから。