思いもしなかった言葉にまたも固まってしまう。


呼び掛けた名を飲み込み、真っ直ぐに俺を見る琴尾をじっと見詰め返す。


表情のないそいつ。


その意図と真実を探って、俺はくっと口角を上げた。


やっぱ食えんやっちゃな。





「嘘つけ、もー騙されへんからな。ほれ」



俺だって学習するのだ。もうその目には騙されない。


子の父親など女が一番わかっているだろう。


やっとこさその手に子を返すと、それをぎゅっと抱き締めた琴尾はふと小さく笑って、どこか淋しげな笑みを浮かべた。


「……ほんまやったら、どないした?」


亭主と上手くいっていないのか、別れた男の心が自分から離れたことが淋しいのか、その裏に隠れた部分まではわからない。


ただ言えるのは、やはりこいつは強かで──弱い、女だと言うこと。


淋しさから他の男の元へと逃げた弱い女。


けれどそうさせたのは俺。


仄かに胸が沸いたのは、少しの罪悪感と只の情だ。


少なからず同じ刻を過ごしたそいつへの最後の、情。




「もしもなんぞ考えたらあかんねん。自分ももう母親やねんからんな冗談ばっか言うてんとしっか背中見せたれや阿呆」



こつん、と額を軽く小突く。
出会った頃の記憶が浮かんで、消えた。


それに僅かに目を開いたそいつは、再び顔を歪ませて笑った。





「ほんま、優しない男やわ」