それはかつて俺と所帯を共にした女──元嫁だった。
最後に見たのはもう五年程前だったろうか。記憶より僅かに歳を重ねたそいつは、以前よりも幾分空気が柔らかくなったように思う。
刻がそうさせたのか、母とはそういうものなのか。
琴尾の足にへばりついて俺を見上げる幼子に妙な感慨を覚えながら、長屋の脇に移動した俺達は改めて口を開いた。
「元気そうで何よりや。ちゅうかこっち出てきとってんな」
「ん……烝さんこそ京におるやなんて思てへんかったわ」
何となく申し訳なさそうに目を泳がせるのは、出ていった経緯からか。
幾ら強かであったとはいえ、流石にこうして改めて顔を合わせるのは気不味いらしい。
けれどまぁ俺としてはもうすっきりした事。
最初こそ驚き固まってしまったものの、今こうして言葉を交わしてみても、疼くものは何一つなかった。
「子供、生まれてんな。ええやん、良かったな」
俺とは得ることの出来なかった女の幸せを手に入れている、そのことに安堵すら覚えた。
いざこいつを目の前にしてこうも穏やかでいられる俺は、やはりこれと生涯を連れ添うには薄い縁(エニシ)だったのだろう。
「上手くやってんねやったらそれでええねん、俺もそこそこ楽しぃやらしてもろとるし。……色々、すまんかったな」
恐らくもう会うこともない。
あの時言うことの出来なかった言葉を漸く口に出来た俺は思い残すこともなく、ほななとこの場を立ち去ろうとした。