……あの日、手に持っていた自転車の鍵を落としたことに気がついて、校舎に慌てて引き返そうとした私。
靴を履き替えるときにでも落としたかな……。
全く私はドジだなぁ……。
って思いながら。
でも、その必要はなかった。
振り返った瞬間、お目当ての鍵を持った君がいたから。
「よかった、間に合って。」
……そう言って笑った君に、一瞬で恋をした。
そのあとお礼を言って、もうそれっきりだと思っていたのに。
「あ、あのときの。」
……また、話せるなんて。
日直で残って、こんなに素敵なことがあるなんて。
びっくりとしか、思えないよ。
「あっ、あのときはありがとうございました!」
「ははっ、敬語?同じ学年だと思うけど。」
そう笑う姿も、爽やかでかっこよくて。
「そ、そっか……。」
目を合わせてられなくてそらしたの。
「俺、沢谷優(さわやゆう)。……名前、何ていうの?」
「遠山芽衣子(とおやまめいこ)、です……!」
「また、敬語になってるよ?」
「あっ!」
あははっと笑った君と、並んで廊下を歩く。
本当に、夢みたい。
君と、こうして歩けるなんて。
沢谷優……くん。
なんてぴったりな名前なんだろう。
“さわや”かで、文字通り優しい。
名前通りの人って、やっぱり存在するんだね。
「今日は自転車の鍵落としてないよね?」
「うん。大丈夫!」
半分からかってるんだろうけど、半分は心配してくれているんじゃないかな。
なんて思う私は、自意識過剰なんだろうか。
君はこのあと部活だからと校舎を出たところで別れた。
外ってことは……野球部かサッカー部か陸上部かテニス部かバドミントン部。
……サッカーっぽいな、ってなんとなく思った。
当たってるかどうかは、今度もし話せたら聞こう。
また、話せる……よね。
うん、きっと。
──────君の笑顔を思い浮かべながら、自転車の鍵を開けた。