カンナちゃんからの指導はこんな感じ。
1.食事の量を徐々に減らして行く。
2.間食はしない。
3.ひと駅手前で降りて歩く。
4.体操&マッサージを毎晩欠かさずに行う。
「急激に食事の量を減らしたりすると生理も止まったりするらしいから絶対にダメだよ。
食べる順番で太りにくい体になるっても聞いたことあるからサラダから食べること
それから、こいのぷるんぷるんのお肌がシワシワになるのヤダから
お風呂に入りながらでいいから、ちゃんとマッサージするのも忘れないで……」
何だかハードル高そうだなって腰が引ける私に麗しい提案をするカンナちゃん。
「ちゃんと実践してダイエットに成功出来たら……
うちのシェフに、こいの為だけに考案したメニューを作ってもらう。
レシピも付けるけど、どうする?」
一流のシェフが私の為に新作メニューを考えてくれるなんて夢みたいだなって迷わず即答する。
「私、頑張るね」
うん、たぶん頑張れるよね?
ダイエット宣言をさせられた翌日のこと。
「はい……今日からこれ冷蔵庫に張って!」
カンナちゃんにそう言って渡されのは……
「あっ!これ……」
昨日の困った表情をした私の頭上には……
『ダメ!ゼッタイ!』の文字が浮かんでいる。
薬物乱用防止キャンペーン・ポスターの用語を巧みに用い、
アプリで加工した写真がプリントされている。
「カンナちゃん……これなんで……」
何の目的で冷蔵庫に張り付けるのか?
いまいちピンとこない私の問いかけにカンナちゃんが答える。
「これは冷蔵庫をむやみに開けなくなる『おまじない』というか
要するに間食を封印する『御札(おふだ)』ね」
加工された写真はカンナちゃんお手製の『御札』らしい。
「他にもこれ」と渡されたのは……
お昼後の授業時間は先生の声が念仏にしか聞こえなくて目を開けている事が出来ずに眠ってしまった事が何度もある。
あの時カンナちゃんに撮られたのかーと頭を抱えたくなった。
その写真には『眠れないあなたに…』の文字
もう一枚はお昼時間に撮られたものらしく……
大好きなエビフライを箸で持ち上げ満面の笑顔の私が写っている。
その写真には「いろいろあるけど……とりあえず食べて元気出そう!」の文字が刻まれていた。
飛鳥ちゃんが写真を覗き込み「ブッー」と吹き出したと思ったら「はぁー苦しい」と言いながらゲラゲラ笑っている。
その様子を見ていたクラスメートまでが何事かと集まってしまい、カンナちゃんから説明を聞いた子が「私は冷蔵庫用が欲しいなぁー」と言い出した。
「私も一枚欲しい…エビフライのやつ」
「私は寝顔のが欲しい」
凄い反響で驚いていたら「私にも頂戴、冷蔵庫用」と言って来たのは私が遼君に色目使っていると嫌味を言った辺見さんだった。
「まさか……ダーツの的にでもするつもり?」カンナちゃんの皮肉めいた物言いにゾッとした。
えっ!ダーツの的にされるほど……私、憎まれてるってこと?
”ガーン”物凄い勢いで気持ちが下降する。
「一瞬考えたけど……ちゃんと冷蔵庫にくっ付けるからお願い」辺見さんがぼそりと呟く。
二人のシュールな会話を聞きながら……
やっ…やっぱり一瞬でも的にすること考えたんだね?
シュンと落ち込みながら周りを見渡せば、私の写真なんかで盛り上がっているクラスメートたち
その様子に『まあいいか』と思えてくるから不思議。
カンナちゃんと辺見さんも『御札』が切っ掛けで微妙ではあっても和解したようだしね。
皆さんに私からのお願いです。
この御札には何のご利益もありませんが写真に”いたずら”だけはご勘弁を……
心の中だけで切に願った。
ダイエットを成功させられるかは家族の協力なしにはあり得ないと踏んだ私は、
「今日からダイエットを始めます」と宣言し、父と弟に協力を仰ぐ。
今までの”がっつり系”のメニューから油を控えたヘルシーな献立になると言ったところ、思いのほか喜んだのは父だった。
さすがに三食”がっつり系”の食事では身が持たないと私が作っていた”がっつり弁当”は家庭の味に飢えている若い部下(一人暮らしの独身社員)数人と日替わりで”ヘルシー弁当”とトレードしていたとカミングアウト。
私が作ったお弁当は若い社員とのコミュニケーションツールになっていたと正直に話してくれた。
『あーそれでか……』
父は家で食器類など洗ったこともないのに、いつも弁当箱は綺麗に洗って持ち帰ってくれた。
しかも時々弁当箱の中に可愛いクッキーやチョコが入っていて
私が「お父さん……ありがとー」ってお礼を言うと
「あぁー、うん」と目を泳がせて気まずそうにしていたなと思い返し合点がいく。
弁当箱を洗ってくれたのも、お菓子を入れてくれたのも部下の人ってことなんだね?
「こいが作るのだったら何でもいいよ」と言ってくれた優しい父。
いつも弟が優先で父の嗜好を考慮してあげられなくて申し訳なかったなって反省する。
……でも”がっつり弁当”を介して若い社員とコミュニケーションをはかり、独身社員の体を気遣ってあげられる父を誇らしく思った。
「これからも時々”がっつり弁当”持参してトレードしたら?」そう私が提案したら……
「うん、頼むなぁー」秘密がなくなりホッとしたのか?笑顔が素敵ですお父さん。
錦野家は家族のコミュニケーションもバッチリです。
私と父の会話を黙って聞いていた弟が何故か心配そうな顔で話しかけて来た。
「こいちゃん、急にダイエットって……何かあったの?」
弟の寿三郎は私の事を『お姉ちゃん』ではなく『こいちゃん』と呼ぶ。
私も弟を『ことちゃん』って呼んでるんだけどね。
2歳下の弟の名前が厳(いか)めしい寿三郎だった為、幼かった私は弟の名前「じゅさぶろう」を上手く発音する事が出来なかったらしく……
そこで母が呼び易いって理由だけで
「寿(ことぶき)のことちゃんでいいんじゃないの?」と簡単にあだ名を決めてしまったそうだ。
それからずっと弟は家族から『ことちゃん』と呼ばれ続けている。
同級生に芸能人や漫画の主人公みたいなキラキラとした可愛いかったり、カッコいい名前の子たちが結構いる中において、私と弟はまるで時代の流れに逆らうかのような名前を付けられた。
だから全く別の意味合いで目立っているのかも知れない。
『鯉子と寿三郎』に比べたら祖父母の名前『光子と三郎』の方がもっと普通っぽい気がするし……
私たちに時代錯誤な名付けをした父の名前は旦(あきら)
そうスターなあの人と同じ名前。
苗字が錦野だったことと祖母がファンだった為に自分とは世代の違うアイドルと同じ名前を付けられた父もある意味祖母の被害者だ。
父と母がお互いに好意を抱く切っ掛けになったのもやはり名前に深い縁がある。
母の名前はカタカナでマリアなのだが……
両親がクリスチャンだった訳でも両親のどちらかが外国人な訳でもないのに、
聖母と同じ名前を命名された母も父と同様に名前で苦い経験をした人。
進級する度に名前のせいで「このクラス…ハーフが居るらしいよ」って噂になったり
「マリアって誰だよ」って知らない人に顔を見に来られたあげく……
「何だ……めっちゃ和風顔」と勝手にがっかりされたと話してくれたことがあったなと思い出す。
それゆえに自分たちの子供には『純和風な名前』にしようと拘ったのも理解するけれど……
「「『鯉子』と『寿三郎』はやり過ぎだよねー」」
それが私と弟の本音だったりする。
私の事を心配そうに見ていることちゃんにダイエットを開始するに至った経緯を掻い摘んで説明した。
「ふ~ん、カンナさんが……」そう言ったきり黙ったままのことちゃん。
日々確実に増えていく体重のために服のサイズも合わなくなっていたのも自分自身が一番よく分かっていた。
それなのに……
これまで何の対策も試みなかった私は本当に自分に甘い人間だ、漸く我が身を振り返るようになり気掛かりな事を弟に聞いてみる。
「ことちゃん……
私が太ってるから『おまえの姉さんデブだな』って
友達にからかわれたりして嫌な思いとかしてない?」
心配して聞いたのに……
「はぁ?こいちゃんの悪口なんか言わせないし……」鼻息も荒く否定された。
えっ?いっ…言わせないんだ。
両親が共働きだから自然と二人でいる時間も長かったし、普通の姉弟(きょうだい)より仲が良いとは思う
それはことちゃんに反抗期らしきものが無かった事も関係しているかも知れない。
私たちは掃除、洗濯、おつかい、食事の準備など出来る事は小さな頃から何でも二人で協力してやってきた。
「こいちゃん、こいちゃん……」
そう呼んで私の後ろを付いて来る弟はホントに可愛くて、ことちゃんの『小さいお母さん』のつもりで居た私、それなのに弟がまだ小3の時には既に身長差は逆転してしまう。
それからかな?
小さい私を庇う様に弟が過保護になったのは……
祖母に似てチビの私とは違い、180cmに少し足りない長身の弟はバレー部に所属していて来年はレギュラー確実と言われている……もちろんデブではない。
弟は優しい子だから、女の子たちから人気があるみたいで、バレンタインにはチョコレートを結構貰って来るから私も一緒に”ご馳走にあずかる”幸運を得ているのだけど……
でもちょっとだけシスコン気味の弟が心配な私です。
教室の窓際最前列が私の座席
そこからぽけーと外を眺めながら一人ぽそりと呟く。
「あぁーお腹すいた~~~」
カンナちゃんの指導通りにダイエットを始めて、漸く3週間が過ぎたところ……
1週間目はやる気スイッチがON状態で脳が空腹中枢を麻痺させていただけなのか?
食べる量を減らしたのにも関わらずそんなに空腹感を感じなくて
「これは簡単に体重減るかも?」
それこそ減量を甘く見ていた2週間前の私。
初めから長期戦で臨む『ダイエット作戦』は目に見える効果が出にくい為
モチベーションを保つのに苦労しそうな予感で一杯な今日この頃……
「ハイ、どうぞ」
そう声を掛けてきた飛鳥ちゃんに手渡されたのは『茎わかめ』と書かれた袋だった。
飴と同じサイズの外袋の中に個々包装されたお菓子みたいな『茎わかめ』がたっぷりと入っている。
「あっ……ありがとう」
飛鳥ちゃんにお礼を言ってからピリリッと袋を破いて口の中に茎わかめを放り込み咀嚼を開始。
先ず『コリッコリッ』とした不思議な食感を堪能したところで、梅の香りと甘酸っぱさが口の中に広がる……なんとも癖になりそうな代物だ。
「飛鳥ちゃん『キクわかめ』って美味しいね、癖になりそうー」ニッコリ笑ってそう言ったら……
「良かったね……でもこれ『ク・キ・わかめ』だよ、おばちゃんみたいな言い間違えだね、こい……」二ヒヒと笑う飛鳥ちゃん。