「鼻血くらいで抱っこしてくるなんて、」
奴が居なくなった保健室で鼻に詰め物を入れられて上を向くアタシ。
「愛されてるわね~」
そんなアタシに保健室のミサオちゃんがさらりと言った。
そんなまさか。愛されてる、だなんて。そんなの絶対あり得ない。
ただ奴は公衆の面前であたしに赤っ恥かかせたかっただけ。…そうに決まってる。
だけど、あのまま一人で血を流し続けていたらもっと醜態を晒していたかもしれない。
だって現にクラスの奴らはあたしの鼻血を見た瞬間大爆笑しやがった。
そういえば、耳に小さく残った奴の声。
“なんで笑えんねん”
そんな声が聞こえた気もするし、しなかった気もする。だけどあいつは自転車であたしが転んでも見てみぬふりするような男。奴に限って優しいとかありえない。
「もう授業も終わりだから、HR終わるまで休んでてもいいわよ。担任の先生にちゃんと言っとくし」
ミサオちゃんは本当に物分かりがいい先生だ。偽乙女の日だって難なく匿ってくれる。
バタン、と真っ白なベッドに倒れると身体中が痛んだ。
ミサオちゃんが鼻に貼った湿布が少し目に染みて涙が出る。うう…厄日だ、絶対そうに違いない。
「彼氏が迎えに来るって言ってたわよ」
「は…彼氏?」
「ほら、王子様よ」
え、王子様?日本は皇太子様でしょ?なんて首を傾げていると。
「お姫様抱っこしてきた彼」
ミサオちゃんはそう言って思い出したように笑った。
ちょ、お姫様抱っこって!!
「だからちがっ!あんな奴彼氏じゃ」
「若いっていいわ~!」
慌てて否定しようとベッドから飛び起きると、ミサオちゃんは全く聞き耳を持たず書類を纏めて扉に歩き出した。
「じゃ先生職員室行くから勝手に帰りなさいよ~」
さっきの訂正。やっぱり物分かりのいい人なんていないんだ。閉まった扉の音が妙に虚しかった。