突然の妙な申し出に、俺は怪訝な顔をしたと思う。
礼次郎さんは少なからずあわてて、それから「変な意味でもないんだ」と付け足した。

「ただ、私のもとで一緒に絵を描くわけにいかないかなと思ってな……私の家には小さいアトリエがあるんだが、そこで何人かの弟子が絵を描いているんだ。そこに彼女にも加わってほしい」


礼次郎さんの顔は真剣そのもので、俺は若干気圧された。
同時に、そこまで人を引き付ける何かが、葵の絵にはあるんだと今更ながらに感心した。


葵は誰に教わるでもなく、見たままを絵にする力を持っている。

時には力強く、時には切なげに、葵の目で見た世界はいつでも色を放ち、そこに本物があるかのような、しいて言えば窓の外の本物の景色を見せられているかのような錯覚に陥ることが俺自身多々あった。


彼女は別に有名になりたいわけでもないし、まして、誰かに描けと強制されているわけでもない。ただ純粋に描く行為に向き合うから、葵の絵は澄みわたり、その透明な部分が、俺たちを引き付けるのだと思う。







「でも……、俺1人で決めるわけにはいきませんから」

「いや、もちろんだとも。今すぐに答えが欲しいわけじゃないしの、彼女に話してみて、それでもしも、という話じゃ」

「葵に訊いてみます」



訊かずともほとんど答えはわかっていた。
葵が1番好きなものは黄色。でも、それと同じくらいに好きなものは───────。