公園に呼び出して数分もしないうちに歩は急ぎ足でやってきた。
こんな時間に俺たち以外に人影すらない。
俺は浴びるほど酒を飲んだのに頭は冴えていて、全く酔えなかった。
ブランコに腰掛けてると微かな金属の揺れる音を聞いた歩がこちらに歩いてきた。
その顔はただただ俺を心配してるように見えた。
歩は近付いてきて恐る恐る俺の名前を呼んだ。
俺は軽く返事をした。
歩は匂いを感じたのか飲んでるの?と聞いてきた。
何度も聞いてきたが俺はあいつの名前を口にした。
「八雲 郁。」
瞬時に歩の顔が凍りつく。
俺は嫌味な男だと思う。
やり方や話し方なんて幾らでもあるのに、歩を傷付けるやり方を選ぼうとしてる。
わかりやすい動揺を見せられて俺の感情はコントロールを失った。
まくし立てるように歩を責めた。
みるみるうちに歩は泣きそうな顔になっていく。
こんな顔見たくない。
こんな顔にしたくない。
「でも虎ちゃんの方が好きだよ!」
なんだよそれ…でもとか、方がってなんでアイツと比べて言うんだよ!!
俺と会ってる時、俺に抱かれながらアイツを想ってたのか?
歩はすぐに否定した。
でも俺には全てが嘘に聞こえる。
歩に詰め寄り両腕を掴んだ。
悔しさと辛さが自分の両手に注がれる。
こんな力で歩に触れた事はない。
歩の顔が苦痛に歪む。
ずっと思ってたけど言いたくない言葉をぶつけてしまった。
「あいつともやってたのかよ!」
最低だ…。
なんでこんな事になるんだ…。
俺は歩をずっと好きで、やっと想いが通じて、この手で幸せにするって思ったのに…この手で…今は歩に苦痛と恐怖を与えてる。
「私…虎ちゃんとしかしてない。」
その言葉に気付かされた。
歩の本当の恋の相手は最初っから八雲 郁だったんだ。
俺はなんだったんだろう。
可笑しくてたまらなくなった。
歩は気付いていない。
好きだからこそ、出来ないこともある。
俺に抱かれたのは愛より興味が勝っただけだったんだ。
歩は俺の言葉を否定しようとしたけれど、俺はその言葉を遮り終わりを告げた。
歩の顔が一気に崩れた。
俺を引き止めようと手を伸ばしてきた。
俺はその手に捕まらないように避けた。
歩は俺が好きだと言った。
「俺がもう歩を好きじゃない。」
こんな言葉、嘘に決まってる。
誰よりも、何よりも歩を愛してる。
俺以上に歩を愛してる奴なんていない。
でも、そばに居るなんて出来ないよ…。
涙がこみ上げてくる。
歩は失うなんて耐えれないと言った。
それは男してなのか?近所の優しいお兄ちゃんを失うのが嫌なのか…。
俺たちは幼馴染みのままでいればよかったんだ。
少しずつ歩から距離を取っていく。
歩は顔をくしゃくしゃにさせて泣いている。
今すぐ、ごめん嘘だよ。と言って抱きしめたいと俺の手が歩を求めてる。
離れて行くんじゃなく、歩の元に行きたいと足が言っている。
でも…そんな事…。
「ごめん…。」
そう言って俺は走って逃げた。
公園の出入り口手前でザザッと背後で砂が激しく音を立てた。
俺は足を止め振り返り歩を見た。
俺を追いかけようとしたのか、転けて地面に倒れている。
行こうかと迷った。
手を差し伸べて起こしてあげたいと思った。
でも俺は歩に背を向け歩き出した。
一度も振り返らなかった。
ほどなくして雨が降り出した。
小雨だと思ったあめはあっという間に大雨になった。
歩が気になった。
転けた時白杖が手から離れてた。
あの後ちゃんと白杖は手にできたのだろうか…。
前だけ向いて歩いて来たけど後ろが気になった。
公園から家までの道はお互い、この道しかない。
振り返ると歩の姿はまだなかった。
目を閉じ空を仰いだ。
やっぱり俺は歩が気になって仕方がない。
俺は急いで引き返した。
歩はまだ公園の中に居て、あの時のまま地面に座っていた。
声はかけず歩を見ていた。
歩は少しも動こうとしない。
やっぱり行くべきなのか?
でも…。
いや、迷ってる場合じゃない。
このままだと体調崩してしまう。
俺は歩のそばに…そう思ったがやめた。
今行ったらお互い辛くなる。
歩は目の前の俺でいっぱいになってるだけで本当の気持ちを考えていない。
歩は俺よりアイツといる方がいい。
俺はおばさんに電話をかけた。
「あら、虎ちゃん…歩と一緒じゃなかったの?」
「おばさん…ごめんなさい。俺…俺は歩を幸せには出来なかったよ。」
「虎ちゃん…。」
「歩…公園に居てる。俺はもう何も出来ない。だから迎えに来てあげて…。」
そう言って切ろうとした。
「虎ちゃん…待って。虎ちゃんは大丈夫なの?」
俺は何も言わず電話を切った。
泣いてる声を聞かせたくなかった。
見えない所に隠れて歩を見ていた。
電話を切って数分でおばさんは急いでやって来た。
それを見届けて俺は公園を出ようとした。
けれどおばさんの叫ぶ声に足が止まった。
「虎ちゃん!!虎ちゃん居ないの!?」
俺は頭で考えるより先に走り出した。
おばさんの声が普通じゃなかった。
視界に入ってきた歩はおばさんの腕の中でグッタリしていた。
「おばさん!!」
「虎ちゃん…この子凄い熱なの…。」
俺は歩を抱きかかえた。
瞬間足がぐらついた。
おばさんが俺の顔に触れた。
「やだ…虎ちゃん熱あるじゃない!」
言われて初めて気づく。
「俺のことより歩が先だから…。」
歩を抱きかかえ家に急いだ。
家に入ると、おばさんは急いでタオル数枚と着替えを持って来た。
その中には俺の服もあった。
「おばさん…」
「いいから着なさい!!」
言われた通りに体を拭いて着替えた。
おばさんは玄関で歩を着替えさせていた。
「虎ちゃんもしんどいだろうけど歩を…」
おばさんが言いたい事はわかった。
歩を抱きかかえ二階に上がって歩をベットに寝かせた。
「虎ちゃんも寝て行きなさい。秋生さん仕事で居ないんでしょ!?」
「うん…でも…。」
ちらっと歩を見た。
「虎ちゃんの気持ちもわかるけど、おばさんの為だと思って…虎ちゃんは私にとって歩と同じぐらい大事なの。子供みたいなものよ…その子供をこんな熱があるのに一人になんてできないわ。ね…お願い。」
おばさんの優しさが染みてくる。
俺は堪え切れず泣いてしまった。
おばちゃんは慌てて俺を抱きしめた。
「ごめんね…虎ちゃん。」
おばさんが謝ることなんてないのに…。
「じゃ甘えるよ…歩のそばで眠りたい。」
「わかった。すぐ布団引くから。」
そう言って布団を引いてくれた。
「じゃ少し寝なさい。」
おばさんは一階に下りていく。

もう会わないと言ってから、いくらも経っていない。
自分の意志の弱さに嫌になる。
歩の寝顔を見てると全部夢だったらいいのにと思った。
このままずっとこうしていたかった。
歩の頬に触れた。
もう触れることもないと思ってた肌。
愛おしさが涙になって溢れる。
こんなに好きなのに…どうしたら、歩の全てを手に出来るのかわからない。
あったとしても、もうそんな強さは俺にはない。
歩の鞄の中から携帯が音楽を鳴らした。
この音楽は…八雲 郁だ。
あの日、歩と初めて抱き合った日かかってきた電話と同じ音楽…。
歩は着信音で誰からの電話かを振り分けている。
だから一度決めた音楽は変えない。
このまま歩のそばに居ることを選んだらアイツの存在はどうなる?
目をつむる?
いや、そんなこと俺には出来ない。
俺だけの歩でいてほしい。
この音楽を耳にするたび胸をキリキリさせるのは嫌だ。
おばさんの気持ちは嬉しいけど、ここに居たくない。
歩のそばに居続けることで頭と心がバラバラになりそうだった。
一人で頭を冷やしたい。

俺は黙って自宅に帰った。
俺は自宅のソファに倒れこむように転がり深く眠った。