僕らは無言で手を繋ぎ歩いた。
行き先は僕の家に行こうと思った。
家が見えてきた。
家の前の空き地で歩は足を止めた。
「八雲さんの家?」
なんでわかったんだろう?
【うん…嫌?】
歩は、ううんと首を横に振った。
ゆっくりと階段を上がる。
玄関を開けると歩が足を止めた。
【どうした?入って…】
「やっぱり入れない。」
そっか…歩はあの男が気になってるんだ。
こんな事いけない事だと改めて言われた様な気がした。
いや、もしかしたら本当は嫌で、でも断れなくてここまで来てしまったとか…。
むしろ後者のような気がしてきた。
「香りがするの…」
えっどうゆうことだ?香りって何の?
「まどかさんの甘い香りがする…。だから、この家には入れない。」
言われて初めて考えた。
まどかの香り…?気付かなかった。
歩はそれで僕のこともわかっていたのかもしれないと思った。
【僕が嫌とかじゃない?】
「嫌じゃない。私…郁が好き。」
今…名前呼んだ?それより、好きって言ったよな!?
【今なんて?】
【あなたが、すきです。】
歩は僕の手のひらに、ゆっくり文字を書いた。
【本当に?】
「はい。ずっと好きだった。誤魔化してたけど、やっぱり好きです。でも…今お付き合いしてる人も大事なの…。勢いでここに来たけど今日はやっぱり帰ります。」
【わかった。歩の言う通りだと思う…僕もちゃんとしないと…】
「私には別れるなんて出来ない…」
【じゃ僕たちはこのままなの?】
「それは…」
歩の表情は今にも泣きそうだ。
こんな表情にさせてるの間違いなく僕だ。
【ごめん…そもそも最初に僕が歩を拒んだから、お互い相手が出来たんだよな…】
言っていて自分の甘さに嫌気がさす。
【わかった…僕待つから。】
「待ってもらっても困る…」
【歩が僕の側にいてくれるようになるなら、いつまででも待つから。】
「でも…」
【たまに会ってくれればいい。そんなんじゃダメかな?】
歩は黙って考え込んだ。
家の前でどれくらいそうしてたか、歩がやっと話し出した。
「それは二股ってことですよね?」
真っ直ぐに聞いてこられると戸惑う。
【そうなるね。】
「わかりました。じゃそうします。」
【えっ本当に?】
歩の顔が変わった。
なにかを決めたような顔をしている。
「郁がいいなら。時間を下さい。」
【もちろん。僕は構わない。歩とこれからも会えるなら。】
歩は携帯を取り出して番号を教えてくれた。
その後、僕に携帯を渡して番号を入れてとお願いされ、入力した。
僕はまどかと別れることを決めていた。
いつになるかわからない約束をしたけれど後悔はしていない。
「じゃ今日は帰ります。」
【次はいつ会えるかな?】
「まだわからないけど、私から連絡します。」
【わかった…キスしていい?】
「…うん。」
歩との距離を縮めた。
歩の頬に手を当てた。
二度目のキスをした。
歩は背伸びをしてる。
僕の腰を持って手が少し震えてる。
そっと唇を離した。
「もう一回。」
歩に言われて今度は激しいキスをした。
こんな日がくるなんて夢みたいだった。
目を開けるとすぐにそこに歩の顔がある。
長くて綺麗な睫毛をしている。
「郁…。」
【なに?】
「連絡するから…。」
【うん。交差点まで送るよ。】
「大丈夫…帰れるから。またね。」
【うん。気をつけてね。】
「ありがとう。」
そう言って歩は帰って行った。
見えなくなるまで見送って家に戻った。
まだ歩の感触が残ってる。
消えてしまう前に会いたい。
ただ僕は待つしかない。
部屋に入りベッド寝転んだ瞬間、来客を知らせるランプが回転した。
もしかしたら歩が戻ってきたのかもしれないと、急いで玄関に向かって戸を開けた。
そこに立っていたのは、目にいっぱいの涙を浮かべた、旅行に行ってたはずの、まどかだった。