息を切らして早足であの子が交差点にやって来た。
淡いブルーの丈の長いワンピースを着て白いカーティガンを着ている。
白いサンダルで斜めに鞄を掛けていて、少し化粧をしてる。
いつもと雰囲気の違う彼女に目を奪われる。
凄く可愛くて綺麗に思えた。
キョロキョロと僕を探してる素振りに心が動く。
遅れたのはほんの数分だけど来てくれないかもしれないと思い始めて不安に潰されそうになってた分、今すぐ彼女を抱きしめたくなる。
肩を叩くと彼女は振り返り僕だとわかったような表情を見せた。
彼女は遅れてきた事を申し訳なさそうに謝った。
僕はここに来てくれただけで十分幸せだった。
歩く時、彼女が嫌でも自然と手を繋いだり腕を組まないといけない。
彼女が見えない事が僕たちの距離をなくしてくれる。
色んな場所を考えたけれど遊園地に決めた。
彼女に聞くと少し考えて、いいと答えてくれた。
困った顔をしたけれど、よかったのかなと思ったけど、取り敢えず行くことにした。
電車の中で名前で呼んでいいかと聞くと少し考え、いいと言ってくれた。
僕にさっきから合わせてくれてるのがわかる。
でも僕を名前で呼ぶ事はキッパリと拒否された。
きっと彼氏の事を思ってる。
彼女は自分では気付かないが表情にすぐ出てる。
表情で会話出来てしまうほど表情豊かだった。
遊園地では色んな乗り物に乗った。
こんなに楽しいのは始めてだった。
ジェットコースターにもメリーゴーランドにも乗った。
一番ドキドキしたのは急流すべりに乗った時だった。
水しぶきで濡れた服は透けて、うっすらと彼女の下着を映した。
雫が肌を流れる。
太陽の光を浴びて一層キラキラして見える。
胸に流れていく雫が羨ましい。
釘付けになる僕の彼女がお腹空いたねと言って来た。
邪な考えだいっぱいになってる僕は彼女の唇を読むことさえもドキドキしてしまう。
無邪気に笑う彼女の表情は今日僕だけに向けられている。
こんな幸せで優越感に浸れることは初めてだ。
彼女はオムライスを食べている。
どんな姿でもかわいい。
口元にケチャップが付いている。
舐めたくなる。
彼女の事を思えば思うほど僕は変態じゃないかと思ってしまう。
指で拭うと彼女は恥ずかしそうに俯いた。
【キスすればよかった。】と彼女の手のひらに書くと真っ赤にさせた頬でこちらを見た。
「からかわないでください!」と少し怒ってプイッと顔をそらす。
その仕草がたまらなくかわいい。
この時間がずっと続けばいいのに…このまま歩を僕の物にしたい。
彼女は何かに気付いた様に鞄を触った。
携帯を手に取ると、彼女は固まった。
彼女に気付かれない様に携帯のディスプレイを覗き込んだ。
《♡虎ちゃん♡》とある。
きっと歩の男だ。
あの時一緒にいた、あの男からだ。
歩は僕の存在を忘れたように、すぐに電話に出た。
彼女の唇を必死に読んだ。
歩は「会いたい」と言った。
電話を切る直前「好きだよ。」と言った。
今すぐ携帯を取り上げたくなった。
今日だけは僕の歩なのに。
電話を切った彼女の手をすぐに握った。
今日は僕の彼女じゃないか?!
僕の事を思い出して欲しかった。
【彼氏?】
手のひらに書く文字に力がこもってしまう。
歩は少し眉をひそめた。
痛かったのかもしれない。
歩は晩、彼氏と会うことになったかた早く帰りたいと言った。
なんで?今日は僕の彼女じゃないのか?!
【帰さない。】
歩の顔が一層曇った。
【帰したくない。僕にも欲がある。このまま歩を僕のものにしたい。】
思ってることをそのまま伝えた。
困惑の表情に変わる。
でも否定しない。
もしかしたらいけるかもしれない。
【今から僕の家に来ないか?】
まどかは旅行で居ない。
今しかチャンスがないような気がした。
歩は下を向いて首を横に振った。
表情が見えないけど、僕は続けた。
【一度だけでいい。歩の全てを知りたい。】
ずっと俯いたままの歩は顔を上げると一言「帰ります。」と言った。
その表情は怪訝な表情に見えた。
全てを拒絶されたような気がした。
残り数時間しかないのに、こんな終わり方したくない。
彼女を困らせた自分が情けない。
消えてしまいたい。
慌てて彼女の手を引いた。
僕は慌てて、もう言わないからと伝えた。
必死に伝えようとした指が震えてるのが自分でもわかった。
歩は一歩僕に近づいて僕の頬に手を当てた。
踵を浮かし背伸びして僕に触れている。
心配してる顔をしてる。
僕が泣いてると思ったのかもしれない。
正直本当に泣きそうだった。
彼女はなんで気付いたんだろう。
ハッと表情を変えると僕から手を離そうとした。
僕は咄嗟に手を掴んだ。
離れて欲しくない。
目の前に彼女の顔がある。
このままキス出来るんじゃないかと思ってしまう。
でもしたら、きっと本当に終わってしまう。
でも…どうせ終わるなら歩と…。
僕はそっと歩の唇にキスをした。
殴られてもいいと思ってしたけれど、歩は僕のキスを拒まなかった。
むしろ受け入れてくれたように思えた。
急に歩は僕を押すようにして離れた。
近くにいた子供僕らを指差していた。
なにか言ったのを聞いたんだ。
彼女は反動でよろけ後ろに転んだ。
「あっ!」
物わず声が出た。
正しい発音をしてたかわからない。
十年ぶりに人の前で声を出した。
彼女の様子から僕だと気づいていない。
だとすると、きっとちゃんと声を出してたのだろう。
急いで彼女の起こした。
僕が調子に乗ったから、こんなことになったんだと後悔した。

帰り道僕たちはお互い何も話さなかった。
駅に着いて改札を出た所で彼女はここでいいです。と言った。
僕は【さようなら】と文字を書いた。
書きたくない文字だった。
これで終わりにしたくない。
もしかしたら、ここから始めれるかもしれない。
彼女はゆっくり振り返って歩きだした。
このまま返していいのか自問自答を繰り返す。
見送る彼女が誰かに電話をかけている。
あの男かもしれない。
そう思うと一層このままで終わりにしたくなくなる。
電話を切った彼女に駆け寄った。
引き留めたくて腕を掴んだ。
振り向いた歩は泣いていた。
思わず抱きしめた。
もう離したくない。
僕は彼女を選んだ。
今はただ、目の前にいる歩が愛おしくてたまらなかった。
先の事を考えるほど余裕がなかった。
僕の腕の中にいる彼女だけしか見えていない。
歩がいればそれだけでいいと、思った。