「真之さんも、まだたまごですよね」
「たまご、ですか?」
「はい。お医者さんのたまごです。私があっためますね。早くかえって、雛になあれ」
それは優しい、おまじない。
「はは、彩子さんが僕の親鳥ですか」
「いいえ? 親鳥だと、雛のうちしか一緒にいられませんよね。そんなの辛すぎます。
だから私は空になります。そうすれば、真之さんをずっと見守ることができますもの」
「空……?」
「ええ、空です。私はずうっと、真之さんのことを見守っていますから」
――微笑んだ彼女の、澄んだ瞳が忘れられない。
「なら僕は、大空を目指しますね」
そう返したときの彼女の笑みも、抱き締めた温もりも、胸の愛しさも。
すべてが色あせることなく、この日のまま。