堪えかねたように立ち上がる八神さん。
仕事机へ歩いて行くと、そこに置かれた大きなカバンへおもむろに荷物を詰め始めた。
「……私は、弱い人間です」
「どこに、行かれるんですか」
「往診です。まだ仕事が残っているので」
苛立ちを感じなかったと言えばウソになるが、僕は黙って、八神さんの背中を見つめる。
「……私は昔から頼りなくて、彩子さんにも迷惑をかけていました。こんな私が隼斗くんを助けられるなんて、到底思えません」
彼は手を止めた。
じっと黙り込んでいるようだったけれど、やがてゆっくりと振り返る。
「本当に私は鈍くさいんです。手が足りないので、もしよろしければ、往診を手伝ってくださいませんか?」
力がなくとも、乾いていても、その微笑ひとつが、頭の熱をスーッと冷ました。
僕は深呼吸をして、そっと頷く。
「もちろんです」